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プロローグ
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遠くでサイレンの音がする。
目の前は真っ暗。
ふわふわと、夢の中を漂っているかのよう。
いつから、どのくらい、そうしていたのか。ふと呼ぶ声がして、「私」は目を開ける。
「お目覚めでしょうか、奥様」
視界に飛び込んできたのは、長い銀髪をきっちりと束ねた燕尾服の青年だった。寝起きの、ぼんやりした頭でもわかるくらいの美青年。耳に滑り込んできた穏やかな声を、頭の中で何度か復唱して。そして、起き上がる。
「……奥様?」
今、そう聞こえた気がしたんだけれど。私の他に誰かいるのかと辺りを見回せど、誰もいない。
「貴女様のことでございますが」
「私、結婚した覚えはないんですけど。それに……ここ、どこですか?」
「覚えておられないのですか?」
燕尾服の青年が、綺麗な形の眉を顰める。
覚えていないもなにも。
私の名は白石澪。その辺のどこにでもいるごく普通の一般人。特筆すべきことなんて何もない。
父と母、弟の4人暮らし。家事代行サービスの仕事をしていて。
今日も、仕事に行こうとして……、でも、その後のことが思い出せない。
耳に残っているのはサイレンの音。思い出そうとすると出てくるのは真っ暗闇。
それでも、それでも。
こんなお屋敷で、こんな執事風の人物に、奥様とか呼ばれるような覚えは一つもない。結婚どころか、恋人だっていたことないのに。
「あの……、驚かないで聞いて下さいね?」
考え込む私の顔を覗き込むようにして、青年がおずおずと声を上げる。
「多分、貴女はその……お亡くなりになられたと思われます」
「……は?」
驚かないでと言われても、驚くほどにも現実感のない言葉が聞こえて、思わず間の抜けた声を出してしまった。慌てて咳払いする。
お亡くなりに? なら、今、ここにいる私は何?
そんな私の疑問を察してくれたのか、青年が言葉を継ぐ。
「諸事情がありまして、当家には死人がよく集まります」
「ま、待って。ちょっと待って下さい。ちょっと、理解が追いつきません」
「すぐにご理解いただくのは難しいと思いますが……、どのくらい待てばよろしいでしょうか」
少し困ったような顔で問われ、私も困った。
何がって、どれだけ待ってもらっても理解できそうにない。
「……理解に時間が掛かりそうなので、先にお話だけ最後まで聞かせてもらってもいいでしょうか」
「相変わらず冷静な方です」
美しい微笑みを浮かべながら、青年が呟く。……相変わらず?
「貴女がこちらにいらしたときは魂だけでした。わたくしの主人が少々特殊な力を持っておりまして、その魂を元に貴女をこちらの世界に転生させたのでございます」
そんな夢物語のようなことがあるのだろうか。
ないに決まっているのだけど、実際今私は見覚えのない場所にいる。その事実だけは認めねばならないことだった。夢にしては、あまりにも全てがはっきりしすぎていて。
「あの、貴方のご主人様は、魔法使いか何かですか?」
「いいえ、死霊使いでございます」
思わず零れた皮肉は皮肉ともとられずに、けろっとした顔で青年が答える。
「死霊……」
どうせ夢物語なら。
王子様とか、賢者様とか、高名な大魔法使いとかにしてほしかった。
……物騒すぎる。
「と言いましても、死人の魂を転生させるなどということ、本来はできることではありません。それができたのはひとえに」
そこで彼は言葉を切った。たっぷりタメを挟んでから、すぅと息を吸い込み、満面の笑顔で。
「貴女様が当家の花嫁であり、旦那様と一心同体であるからこそなのですよ!」
何が何だかわからないけど。
ごく普通の人生を送っていた私は突然その人生を終わらされ、
わけもわからず見ず知らずの人に嫁いだことになったらしい。
目の前は真っ暗。
ふわふわと、夢の中を漂っているかのよう。
いつから、どのくらい、そうしていたのか。ふと呼ぶ声がして、「私」は目を開ける。
「お目覚めでしょうか、奥様」
視界に飛び込んできたのは、長い銀髪をきっちりと束ねた燕尾服の青年だった。寝起きの、ぼんやりした頭でもわかるくらいの美青年。耳に滑り込んできた穏やかな声を、頭の中で何度か復唱して。そして、起き上がる。
「……奥様?」
今、そう聞こえた気がしたんだけれど。私の他に誰かいるのかと辺りを見回せど、誰もいない。
「貴女様のことでございますが」
「私、結婚した覚えはないんですけど。それに……ここ、どこですか?」
「覚えておられないのですか?」
燕尾服の青年が、綺麗な形の眉を顰める。
覚えていないもなにも。
私の名は白石澪。その辺のどこにでもいるごく普通の一般人。特筆すべきことなんて何もない。
父と母、弟の4人暮らし。家事代行サービスの仕事をしていて。
今日も、仕事に行こうとして……、でも、その後のことが思い出せない。
耳に残っているのはサイレンの音。思い出そうとすると出てくるのは真っ暗闇。
それでも、それでも。
こんなお屋敷で、こんな執事風の人物に、奥様とか呼ばれるような覚えは一つもない。結婚どころか、恋人だっていたことないのに。
「あの……、驚かないで聞いて下さいね?」
考え込む私の顔を覗き込むようにして、青年がおずおずと声を上げる。
「多分、貴女はその……お亡くなりになられたと思われます」
「……は?」
驚かないでと言われても、驚くほどにも現実感のない言葉が聞こえて、思わず間の抜けた声を出してしまった。慌てて咳払いする。
お亡くなりに? なら、今、ここにいる私は何?
そんな私の疑問を察してくれたのか、青年が言葉を継ぐ。
「諸事情がありまして、当家には死人がよく集まります」
「ま、待って。ちょっと待って下さい。ちょっと、理解が追いつきません」
「すぐにご理解いただくのは難しいと思いますが……、どのくらい待てばよろしいでしょうか」
少し困ったような顔で問われ、私も困った。
何がって、どれだけ待ってもらっても理解できそうにない。
「……理解に時間が掛かりそうなので、先にお話だけ最後まで聞かせてもらってもいいでしょうか」
「相変わらず冷静な方です」
美しい微笑みを浮かべながら、青年が呟く。……相変わらず?
「貴女がこちらにいらしたときは魂だけでした。わたくしの主人が少々特殊な力を持っておりまして、その魂を元に貴女をこちらの世界に転生させたのでございます」
そんな夢物語のようなことがあるのだろうか。
ないに決まっているのだけど、実際今私は見覚えのない場所にいる。その事実だけは認めねばならないことだった。夢にしては、あまりにも全てがはっきりしすぎていて。
「あの、貴方のご主人様は、魔法使いか何かですか?」
「いいえ、死霊使いでございます」
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「死霊……」
どうせ夢物語なら。
王子様とか、賢者様とか、高名な大魔法使いとかにしてほしかった。
……物騒すぎる。
「と言いましても、死人の魂を転生させるなどということ、本来はできることではありません。それができたのはひとえに」
そこで彼は言葉を切った。たっぷりタメを挟んでから、すぅと息を吸い込み、満面の笑顔で。
「貴女様が当家の花嫁であり、旦那様と一心同体であるからこそなのですよ!」
何が何だかわからないけど。
ごく普通の人生を送っていた私は突然その人生を終わらされ、
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