国一番の淑女結婚事情〜政略結婚は波乱の始まり〜

174.ベッリーニ侯爵の思惑

「マダムの言うとおりだ。あなたが娼館この場所にいることを知っている人間はほぼいないし、あの小僧が嗅ぎつけることもまずありえない。その美しい身体に傷が付く前に大人しく私の言う通りにするのならば危害は加えない。………あなたならば、どうすればいいのか分かるだろう？」

愕然としたアルフォンシーナの顔を見て何かを悟ったのか、険しい表情を浮かべていたベッリーニ侯爵が、突然不気味なほどの笑顔に変わった。
それと同時に、気持ちの悪い猫なで声でアルフォンシーナに語りかけてきた。
一変した態度に、得体の知れない何かを感じ取ったアルフォンシーナは、軽く身震いをした。

ふと、人の気配を感じ、部屋の中へと視線を移す。
すると、いつの間にやら部屋の中には見るからに屈強そうな、人相の悪い男が数人、集まってこちらの様子を覗っていた。

そういえばビアンカが、娼館の用心棒によって負傷させられたと話していたことを思い出す。
何らかの理由でバルバラはきちんと答えないが、この場所は、ビアンカが監禁されていたところに違いなかった。
つまり、彼女はあの男たちに暴行を受け、瀕死の重傷を負ったのだろう。
アルフォンシーナビアンカの傷を思い出し、苦々しそうに顔を歪めた。

しかしベッリーニ侯爵は、アルフォンシーナが遂に観念したと思ったのだろう。
かっと目を見開き、喜々とした表情を浮かべる。

「心配することなどないさ。『国一番の淑女』と謳われるあなたに客を取らせるつもりはないからね。………ここに豪華な部屋を与え、私だけの相手をしていればいい。………これ以上ない名誉だろう？」

そう囁くベッリーニ侯爵の双眸に、色欲が宿るのをはっきりと見たアルフォンシーナは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
傍らのバルバラは呆れた表情で、侯爵を見た後、顔を背けた。
今にも舌なめずりでもしそうな様子で侯爵が一歩アルフォンシーナの方へと近づく。
彼から距離を取ろうとアルフォンシーナも後ずさりをしようとするが、背中がバルコニーの手摺に当たり、それ以上の逃げ場はなかった。
そうしている間に、室内にいた男たちがバルコニーへと出てきて、アルフォンシーナのほうへと近づいて来ていた。

（…………一体、どうすれば…………）

アルフォンシーナは絶望で圧し潰されそうになりながら、必死で考えた。
そして、一瞬の間を置いてから両手をバルコニーの縁に掛け、ベッリーニ侯爵を睨み付けた。