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162.事故

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暫くして自分の中の混乱が収まると、アルフォンシーナは間近に迫る壁に寄りかかった。
気持ちが落ち着くと、次から次へと色々な事が頭に浮かんでは、消えていった。

「………しかし、役に立たないと思っていたあの若造が最低限の役割を果たしたから、こちらの手間も省けたというものだ」

ぼんやりとしていたアルフォンシーナの耳に、男性の声がまた飛び込んできた。

(………一体、何の話………?)

「愚かな恋心に踊らされた若造を唆すのは、実に簡単だったがな。………まあ失敗したとして、タルディッリ男爵家程度の嫡男の言う事など、誰も取り合わないから問題にもならないだろうよ」

さして可笑しくもないのに、男性は実に楽しそうに笑い声を上げた。

タルディッリ男爵家の嫡男という、確実な固有名詞が聞こえてきたことで、アルフォンシーナははっと気がついた。

そう言えばブルーノは、黒幕がこの場所を用意してくれたと言っていた。
となると、その黒幕は娼館この場所に対して顔が利く、或いは何らかの権限を持っているという事になる。
ーーーだとすると。
今この壁の向こう側、硝子の向こう側にいる男こそが、黒幕なのではないだろうか。
いや、そうでなければこの場でブルーノの名が出てくる事自体がおかしい。

(…………あの男性は、一体誰なの………?)

アルフォンシーナは懸命に、男の正体を確認しようと試みる。
しかし、アルフォンシーナが顔を覗かせれば、自ずと部屋の中からもアルフォンシーナの存在が分かってしまう。
かと言って、鏡などを使い、光の反射を利用して確認することは、そもそも道具が手元にないため、実行するのは不可能だった。

それでも何とかならないかと、アルフォンシーナが
頭を悩ませていた、まさにその時だった。

「……………っ!」

突然、強い風が吹いてきた。
アルフォンシーナはその勢いの強さに、思わず目を瞑る。
何の前触れもなく吹いてきた風が巻き上げた砂埃を避けるために、反射的にそうするのが精一杯だったのだ。
だから当然、ドレスの裾や長い髪の毛が舞い上がり、風にはためいても、どうすることも出来なかった。

「………どうやら、外にネズミがいるようですね?」

風が収まり、ほっと胸を撫で下ろしたアルフォンシーナの耳に、はっきりとした男性の声が届いた。
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