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69.思惑
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「あの時は娘が大変申し訳なかった」
「いいえ、とんでもありませんわ」
突然の侯爵からの謝罪に、アルフォンシーナの方が慌ててしまう。
レベッカを溺愛しているから、彼女の行いを全て肯定する、というのは誤った認識だったらしい。
ならば、侯爵には招待状の件や、今日のお茶会での振る舞いについて話しておいた方がレベッカの為になるかもしれない。
「………あの………」
「我儘放題の厄介な娘に見えるかもしれませんが、私にとっては何にも代えがたい、可愛い可愛い娘なのです。だから、娘の願いは今まで何でも叶えてきたんですよ」
アルフォンシーナが話をしようと口を開いた瞬間、それを遮るようにベッリーニ侯爵が話を始める。
アルフォンシーナは即座に唇を引き結んだ。
「娘は何でも手に入れたがる質でね………。娘の要望を叶える為に色々と苦労しましたよ」
「それは………大変でしたわね。ですがレベッカ様も喜ばれたことでしょう」
これは娘の自慢話なのだろうか。それとも、『今レベッカが一番欲しい物』を持っているアルフォンシーナに対する牽制なのだろうか。
侯爵の思惑が分からず、アルフォンシーナは警戒する。
「ええ。娘を喜ばせるのが、私の役目だと思っておりますからね」
侯爵がまた一歩、アルフォンシーナに近づいた。
反射的にアルフォンシーナは一歩後ろに下がってしまったが、ベッリーニ侯爵は特に気にする様子はなかった。
「………ですが、娘は貪欲でね。欲しいものを与えても、すぐに次が欲しくなる。手に入らないと分かっても、手に入れるまであきらめない。全くお手上げですよ」
ははは、とさして可笑しくもないのに、侯爵は乾いた笑い声を上げる。
それからすぐ、侯爵は真顔になった。
「………血は争えない、と言いますが、それは全くその通りですね」
レベッカとよく似た、赤みを帯びた茶色い瞳の奥に、何か不穏な光が見えた気がして、アルフォンシーナははっと息を呑んだ。
「………それは、一体どういう…………」
「少々お喋りが過ぎましたな。今後も娘と仲良くしていただければ幸いです。…………それでは」
またしてもアルフォンシーナの言葉を遮るように、ベッリーニ侯爵は言葉を重ねると、にっこりとほほ笑みかけてからその場を後にした。
レベッカのように怒りや憎しみを顕にされれば対処のしようもあるが、ベッリーニ侯爵は一体何を考えているのか、全く分からなかった。
ただ、彼の言う事を鵜呑みにしてはいけないーーー。
そんな気がして、アルフォンシーナは一旦振り返り、遠ざかる侯爵の背中を見つめ、屋敷の玄関へと向かった。
ーーーアルフォンシーナが振り返った後、ベッリーニ侯爵もまた振り返り、彼女の後ろ姿をじっと見つめていたことに気が付かずに。
「いいえ、とんでもありませんわ」
突然の侯爵からの謝罪に、アルフォンシーナの方が慌ててしまう。
レベッカを溺愛しているから、彼女の行いを全て肯定する、というのは誤った認識だったらしい。
ならば、侯爵には招待状の件や、今日のお茶会での振る舞いについて話しておいた方がレベッカの為になるかもしれない。
「………あの………」
「我儘放題の厄介な娘に見えるかもしれませんが、私にとっては何にも代えがたい、可愛い可愛い娘なのです。だから、娘の願いは今まで何でも叶えてきたんですよ」
アルフォンシーナが話をしようと口を開いた瞬間、それを遮るようにベッリーニ侯爵が話を始める。
アルフォンシーナは即座に唇を引き結んだ。
「娘は何でも手に入れたがる質でね………。娘の要望を叶える為に色々と苦労しましたよ」
「それは………大変でしたわね。ですがレベッカ様も喜ばれたことでしょう」
これは娘の自慢話なのだろうか。それとも、『今レベッカが一番欲しい物』を持っているアルフォンシーナに対する牽制なのだろうか。
侯爵の思惑が分からず、アルフォンシーナは警戒する。
「ええ。娘を喜ばせるのが、私の役目だと思っておりますからね」
侯爵がまた一歩、アルフォンシーナに近づいた。
反射的にアルフォンシーナは一歩後ろに下がってしまったが、ベッリーニ侯爵は特に気にする様子はなかった。
「………ですが、娘は貪欲でね。欲しいものを与えても、すぐに次が欲しくなる。手に入らないと分かっても、手に入れるまであきらめない。全くお手上げですよ」
ははは、とさして可笑しくもないのに、侯爵は乾いた笑い声を上げる。
それからすぐ、侯爵は真顔になった。
「………血は争えない、と言いますが、それは全くその通りですね」
レベッカとよく似た、赤みを帯びた茶色い瞳の奥に、何か不穏な光が見えた気がして、アルフォンシーナははっと息を呑んだ。
「………それは、一体どういう…………」
「少々お喋りが過ぎましたな。今後も娘と仲良くしていただければ幸いです。…………それでは」
またしてもアルフォンシーナの言葉を遮るように、ベッリーニ侯爵は言葉を重ねると、にっこりとほほ笑みかけてからその場を後にした。
レベッカのように怒りや憎しみを顕にされれば対処のしようもあるが、ベッリーニ侯爵は一体何を考えているのか、全く分からなかった。
ただ、彼の言う事を鵜呑みにしてはいけないーーー。
そんな気がして、アルフォンシーナは一旦振り返り、遠ざかる侯爵の背中を見つめ、屋敷の玄関へと向かった。
ーーーアルフォンシーナが振り返った後、ベッリーニ侯爵もまた振り返り、彼女の後ろ姿をじっと見つめていたことに気が付かずに。
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