国一番の淑女結婚事情〜政略結婚は波乱の始まり〜

44.騒動

「…………やめて…………」

アルフォンシーナは無意識に耳を塞いだ。
同時に、アルフォンシーナの中で、あの倒れた時に見た夢が蘇る。
暗く、冷たく、空虚で、孤独で寂しいーーー。
まるで自分の心の中を感覚として突きつけられているような気がして、ぎゅっと目を瞑った。
そんなアルフォンシーナに、ブルーノは二人を隔てていた机を回り込んで近づき、そして彼女のか細い腕を掴んだ。

「………こんなにやせ細ってしまって………。君がこんなになるまで苦しむことはないじゃないか！君は身勝手な王とあの男に利用されただけの、可哀想な被害者だよ………！」

聞きたくない、聞いてはいけないと思うのに、耳を塞いでもなお、ブルーノの言葉は鋭く、そして甘く、まるでじわじわと身体を侵す毒のように侵入してきた。

「やめて！」

アルフォンシーナが悲鳴にも似た叫び声を上げた、まさにその時だった。

「………我が屋敷で、何をしている？」

突然応接室の扉が開いたかと思うと、ベルナルドの声が響き渡った。
低い、けれどもよく通るベルナルドの声は、たった一声でその場の空気を制してしまう。

「オリヴァー、今日は来客の予定は無かったはずだが、何故見ず知らずの男が我が屋敷で妻に乱暴しようとしている？」

真っ直ぐにブルーノとアルフォンシーナを見据えたまま、ベルナルドは表情一つ動かさずにゆっくりと二人に近寄ってきた。

「………はい。こちらの方は、タルディッリ男爵子息様で、奥様の幼馴染みだと仰り、先触れもなしに屋敷を訪ねてこられたのですが、奥様がご対応されていたところ、興奮されて、このような状況になっております」

恭しくお辞儀をしたオリヴァーは、事実のみを簡潔に説明する。
すると、ベルナルドは無表情のまま、アルフォンシーナの腕を掴んでいたブルーノの手首を掴み上げ、そのままぐっと力を込めた。

「ぃ゙っ…………痛…………っ！」

途端にブルーノが悲鳴を上げて顔を歪めた。
自然とアルフォンシーナを掴んでいた手も外れ、アルフォンシーナは自由になる。

「くそ………は、離………アリーっ、助けてくれ…………！」

掴まれた手首を反対の手で抑えながら、ブルーノは声を裏返しながら、アルフォンシーナに助けを求めてきた。