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1.意に染まぬ婚約

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「分かっていると思うが、この結婚は王命だ。あなたも私も、従わざるを得ない。…………たとえそれが望んだものでなくとも、ね」

 これが、婚約が決まった数日後にパルヴィス伯爵家を訪ねてきたベルナルドが、婚約者となったアルフォンシーナに掛けた、あまりにも酷い最初の言葉だった。
 アルフォンシーナは表情を変えないまま、まるでサファイアのような美しい蒼の瞳でベルナルドを見つめるが、内心では自分を拒絶するかのような言葉に、胸の奥がちくりと痛むのを感じていた。

 この結婚が家同士の取り決めによるものではなく、ベルナルドの素行の悪さを心配した国王が、彼の行動を制限する為にと下した王命によるものだという異例な部分を除けば、典型的な政略結婚に違いなかった。

 貴族に生まれた者にとって、家のため、国のために結婚をするのは義務だと、アルフォンシーナは理解していた。
 そのことを疑問に思ったことはなかったし、嫌だと感じることもなかった。
 政略結婚があまりにも当たり前のことだと捉えていたからこその思考だろう。

 それなのに何故、自分はこの男の言葉に傷付いているのだろう。
 アルフォンシーナは眼の前にいる男ーーー自らの婚約者となったベルナルド・シルヴェストリ侯爵を見つめたままでぼんやりと考えた。

 毎夜娼館を渡り歩き、特定の相手は作らず、ベッドには毎日違う女性を招き入れる。
 社交の場では常に令嬢を口説いて回るのに、結婚はしない、無類の女好きで知られる男だった。

 華やかな生活を送っている、と言えば聞こえはいいのかもしれないが、アルフォンシーナには全く理解しがたい行為だった。

 とはいえ、彼はそう遠くない未来に自分の夫になる人だ。
 彼を軽蔑するなど、以ての外だと自身に言い聞かせながら、アルフォンシーナは彼に気づかれないように、そっと溜息を零した。

 まさかとは思うが、女好きと評判の『遊び人侯爵』が、愛の言葉を囁いてくれるのを期待していたのだろうか。
 それでは、ファヴォーレ王国建国に尽力し、以後何代にもわたり国を支えてきたシルヴェストリ侯爵家の当主として、あるまじき行為をし続けるベルナルドの将来を憂い、この結婚を命じた国王の期待を裏切ることになってしまう。

 (………きっと、先程の痛みは、気の所為よ…………)

 アルフォンシーナは心の中で念じるように、自分自身にそう言い聞かせ、ベルナルドに何と返すべきかと考えを巡らせたた。

 いくら本心からの言葉とはいえ、あまりにも配慮に欠けた台詞だが、相手を怒らせても互いに良いことなど一つもない。
 それであれば、いつも通りに従順な答えを返すべきだろう。
 アルフォンシーナは姿勢を正すと、ゆっくりと口を開いた。

「………はい、心得ております」

 その途端、まるで海ををそのまま閉じ込めたかのような深い碧の瞳が鋭い眼差しを向けてきたのを感じた。
 一体、何が彼の機嫌を損ねたのだろう。
 態度。表情。それともアルフォンシーナ自体だろうか。
 ベルナルドは結婚などしたくなかったのだから、婚約者など迷惑な存在に違いない。
 そう考えると何だか居た堪れない気持ちになり、アルフォンシーナはベルナルドの視線を避けるように、静かに目を伏せた。

「…………異論がなければ、それでいい」

 溜息と共に、ベルナルドはぼそりとそれだけ呟く。
 そして、もうこれ以上の会話は不要だとでも言うように立ち上がると、足早に部屋を出ていってしまった。

 一人部屋に取り残されたアルフォンシーナは、ベルナルドがたった今出ていった扉を、黙ったまま見つめた。
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