隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

130.不気味な笑み

「アレの事は、気にする必要はありません」

呟いたセヴランの瞳は、これ以上ないくらいに冷たい光を宿していた。
心なしか、表情にも嘲りの色が浮かんでいるように見える。
パトリスとの話の中で、セヴランとパトリスの仲が冷え切っているということは理解できていたが、実際にその光景を目の当たりにすると、なんとも言えない悲しさと侘しさが込み上げてくるようだった。

「でも、あなたは彼とわたくしを結婚させようとしていたのでしょう？」

例えそれが、侵略のための口実だったとしても、当事者であるアリーチェが知らなかったものだとしても、縁談のあった相手だという事実に変わりはない。

「出来損ないのアレにはそのくらいしか使い道がありませんから」

セヴランは、まるでパトリスの名を口にすることすらも悍ましいとでもいうようだった。
しかも名前を呼ぶことを避けているだけではなく、彼自身を否定するような言葉を選んで使っていることに、アリーチェは無性に腹がたった。
そう言えば、彼が『善人』の仮面を被っているときも、パトリスの名を口にすることはなかったことに、今更ながら気がつく。

「………王太子殿下は、あなたの望み通りに動く駒ではありません。何がそんなにも気に食わなかったのかは存じ上げませんが………ご自身の血を分けたご子息の言葉に、耳を傾けることもひつようなのではありませんか？………それなのに、声と自由を奪い、このような場所に幽閉するなど…………。この事実をブロンザルドの国民が知ったら、どう感じるとお考えなのですか？」

パトリスから聞いた話をうっかり口にしてしまわないように、慎重に言葉を選びながら、アリーチェはセヴランを睨みつけた。
だが、セヴランはそんなアリーチェに向かって笑ってみせた。

「………あなたは本当に優しく、純粋で、滑稽なほどに愚かですね、アリーチェ王女」
「…………っ！」

不意に、アリーチェの手を撫でていたセヴランの手に力が込められた。
強い力で締め付けられた痛みに、アリーチェは思わず小さく息を呑んだ。

「その穢れない、美しい顔が歪むのを見るのは実に楽しいですが、愉しみは後に取って置かなければ意味がないですからね」

意味の分からない言葉を口にしながら、セヴランは含み笑いを浮かべた。