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16.懺悔

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「………………」

アリーチェは少し視線を彷徨わせると、唇を引き結ぶ。
そして、迷いながら口を開いた。

「陛下のお考えが、わたくしには分かりません。………わたくしを気遣ってくださるのにあのような部屋に閉じ込めたり、お忙しいのにわたくしの為に時間を作ってくださるのに陛下を憎むようにとお命じになったり………。………陛下はわたくしに、一体何を望んでいらっしゃるのですか?」

アリーチェは昨夜ルドヴィクが部屋を出ていってからずっと考えていた事をそのままルドヴィクにぶつけた。

カヴァニスを滅ぼしたルドヴィクに対する憎悪、復讐心、罪のない人達を殺戮した彼への怒り。
瀕死のアリーチェを助けた彼への感謝、彼が自分を労り気遣ってくれることへの喜び、そして彼が時折見せる悲しみや弱さへの心配と戸惑い。
ルドヴィクに対して持っている気持ちのうち、どれが真実ほんとうの気持ちなのかすらも分からない。

そんな自分の気持ちを少しでも整理したかった。
彼の本心を知れば、何かがわかるような気がした。

「………」

ルドヴィクは形の良い唇を引き結んだままで、たった一つの瞳を揺らした後、静かにそれを閉じた。

それと同時に、重苦しい沈黙が空間を制した。
先程よりも部屋に満ちた空気の温度が下がったようにすら感じられる。
アリーチェは密やかに息をしながら、じっとルドヴィクを見つめ続けた。
まるで彫刻のように美しいルドヴィクの顔は、何の感情も映し出してはおらず、彼の様子から彼の気持ちを知るのは不可能だった。

「………それを知って、あなたはどうする?」

どれほど時間が経ってからだろうか。闇をゆっくりと切り裂くように、低い声がようやく沈黙を破った。

「私が望んでいると言えば、私を殺してくれるとでも言うのか?」

いつの間にか開かれたルドヴィクの曇りない瞳が、アリーチェを見据えている。
彼の右手は彼の上、心臓の位置に置かれていて、「ここを刺せば殺せる」とでも言われているようだった。

「………わかりません」

アリーチェは少し目を伏せる。
ルドヴィクの質問の答えは、本当に分からなかった。
祖国を奪われ、家族や民を殺されたという大義名分のもと、彼を殺すと決めたはずの覚悟はどうしてしまったのだろう。
そんなアリーチェに、ルドヴィクはほんの少しの微笑みを浮かべた。

「あなたには、私を憎み、復讐をするだけの理由がある。………私はそれだけのことをしてしまった」

静かに紡ぎだされたそれはまるで、懺悔のようだった。

「今更後悔しても、あなたの大切なものを返してやることは出来ないし、代わりのものを宛がうなどということをしてあなたを慰めることができないことも理解しているつもりだ。私が生きている限り、私の罪が消えることはないし、私の罪をあなたに赦して貰おうなどという気もない。ただ………」

ルドヴィクのエメラルド色の瞳が、苦しそうに揺れた。

「私はあなたに罪の意識を感じることなく、穢れのない優しい世界で生きて欲しいと思っている。………私の言葉を信じるかはあなた次第だが」

切なげな吐息を一つ零すと、ルドヴィクはゆっくりと立ち上がった。

「それがあなたの質問への、私の答えだ」

ちらりとアリーチェに視線を送ると、ルドヴィクは執務机の方へと戻っていく。

「お茶を飲み終わったら、部屋に戻ってほしい。……まだ暫く手が空きそうにない」
「あ、いえ………わたくしこそお忙しいのにお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。これで失礼致します」

アリーチェは慌てて立ち上がると、カーテシーをして踵を返そうとした瞬間、ルドヴィクと目が合った。
同時にアリーチェは胸が疼くのを感じ、驚いたように息を呑んだ。
そのまま、何事もなかったかのように足早に部屋を後にすると、静かに扉を閉めた。

「今のは、何………?」

まるで全速力で走った直後のように、激しく脈打つ鼓動に戸惑いながら、アリーチェは天を仰いだのだった。
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