5 / 351
4.薄れる記憶
しおりを挟む
その日以降、あれほど足繁くアリーチェの許を訪れていたルドヴィクが、突然姿を見せなくなった。
初めのうちはとても気分が良かったが、一週間、二週間と日が過ぎていくうちに、何故だか落ち着かない気持ちになっている自分にアリーチェは気が付いた。
無礼極まりないアリーチェの言動に、怒ったのだろうか。
しかし非難されて当然の行いをして、アリーチェを苦しめているのはルドヴィク自身なのだと考え直すが、それでも心の中が穏やかになることはなかった。
(おかしいわ……あの男に会わずに済むのは、むしろ喜ばしいことでしょう?)
アリーチェは侍女に用意して貰ったお茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「アリーチェ様?」
侍女が心配そうに声を掛ける。
アリーチェは返事をすることなく、ゆっくりと窓のほうへと歩み寄った。
窓からは綺麗に手入れされた庭園が臨めたが、それを眺められる窓には頑丈な鉄格子が填められている。
ルドヴィクは自分を捕虜だとは思っていないと言っていたが、これは誰がどう見ても幽閉に違いなかった。
扉にも三重に鉤が掛けられ、窓には頑丈な鉄格子。
そして室内には常に複数人の侍女、扉の外には 厳重すぎるほどの護衛が置かれていることも知っている。
まるで大罪人にでもなったような扱いに、アリーチェは辟易していた。
常に人の目があることは王族という立場上慣れているが、こうも厳しいと、息をすることさえ気を遣うようだった。
「気が紛れるように、本でもお持ちいたしましょうか?」
アリーチェに付けられた侍女たちは皆アリーチェに対して好意的だったが、その中でも特に一番年若い、ジネーヴラという名の侍女はアリーチェの感情の動きにも敏感で、常に気を配ってくれているのが分かった。
「ありがとう、ジネーヴラ。また必要になったらお願いしますね」
ジネーヴラの申し出をやんわりと断ると、アリーチェは悲し気に目を伏せ、溜息をついた。
イザイアの王城に連れてこられてから、もう五か月が経とうとしていた。
それはつまり、カヴァニスが滅亡してからすでに五か月も過ぎてしまったことを意味している。
何も出来ずにただ憎しみを募らせることしかできないことへの焦りと、少しずつではあるが、悲しみの記憶が薄れていく恐怖に、アリーチェの心は蝕まれていくようだった。
そんなアリーチェの心を、ルドヴィクという存在が翻弄する。
姿を見せても、見せなくてもアリーチェの心をこんなにも乱すのは、今までも、そしてこの先も彼だけだろうとさえ思える。
憎くて、憎くて仕方のない男のあの深いエメラルド色の隻眼を思い浮かべるだけで、こんなにも怒りが湧いてくる。
それなのに、心のどこかで、彼の瞳の奥に秘められたあの感情の真実を知りたいと思ってしまう自分は、きっとこうして囚われ続けたことで、どうかしてしまったのだろう。
自分は一体何がしたいのだろう。それすらも、だんだんと分からなくなってしまうようだった。
アリーチェはひどくやせ細ってしまった自分の両手を見つめて、その美しい顔に力なく笑みを浮かべるのだった。
初めのうちはとても気分が良かったが、一週間、二週間と日が過ぎていくうちに、何故だか落ち着かない気持ちになっている自分にアリーチェは気が付いた。
無礼極まりないアリーチェの言動に、怒ったのだろうか。
しかし非難されて当然の行いをして、アリーチェを苦しめているのはルドヴィク自身なのだと考え直すが、それでも心の中が穏やかになることはなかった。
(おかしいわ……あの男に会わずに済むのは、むしろ喜ばしいことでしょう?)
アリーチェは侍女に用意して貰ったお茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「アリーチェ様?」
侍女が心配そうに声を掛ける。
アリーチェは返事をすることなく、ゆっくりと窓のほうへと歩み寄った。
窓からは綺麗に手入れされた庭園が臨めたが、それを眺められる窓には頑丈な鉄格子が填められている。
ルドヴィクは自分を捕虜だとは思っていないと言っていたが、これは誰がどう見ても幽閉に違いなかった。
扉にも三重に鉤が掛けられ、窓には頑丈な鉄格子。
そして室内には常に複数人の侍女、扉の外には 厳重すぎるほどの護衛が置かれていることも知っている。
まるで大罪人にでもなったような扱いに、アリーチェは辟易していた。
常に人の目があることは王族という立場上慣れているが、こうも厳しいと、息をすることさえ気を遣うようだった。
「気が紛れるように、本でもお持ちいたしましょうか?」
アリーチェに付けられた侍女たちは皆アリーチェに対して好意的だったが、その中でも特に一番年若い、ジネーヴラという名の侍女はアリーチェの感情の動きにも敏感で、常に気を配ってくれているのが分かった。
「ありがとう、ジネーヴラ。また必要になったらお願いしますね」
ジネーヴラの申し出をやんわりと断ると、アリーチェは悲し気に目を伏せ、溜息をついた。
イザイアの王城に連れてこられてから、もう五か月が経とうとしていた。
それはつまり、カヴァニスが滅亡してからすでに五か月も過ぎてしまったことを意味している。
何も出来ずにただ憎しみを募らせることしかできないことへの焦りと、少しずつではあるが、悲しみの記憶が薄れていく恐怖に、アリーチェの心は蝕まれていくようだった。
そんなアリーチェの心を、ルドヴィクという存在が翻弄する。
姿を見せても、見せなくてもアリーチェの心をこんなにも乱すのは、今までも、そしてこの先も彼だけだろうとさえ思える。
憎くて、憎くて仕方のない男のあの深いエメラルド色の隻眼を思い浮かべるだけで、こんなにも怒りが湧いてくる。
それなのに、心のどこかで、彼の瞳の奥に秘められたあの感情の真実を知りたいと思ってしまう自分は、きっとこうして囚われ続けたことで、どうかしてしまったのだろう。
自分は一体何がしたいのだろう。それすらも、だんだんと分からなくなってしまうようだった。
アリーチェはひどくやせ細ってしまった自分の両手を見つめて、その美しい顔に力なく笑みを浮かべるのだった。
2
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
【完結】堕ちた令嬢
マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ
・ハピエン
※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。
〜ストーリー〜
裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。
素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯?
◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。
◇後半やっと彼の目的が分かります。
◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。
◇全8話+その後で完結
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる