上 下
151 / 166

150.黒焔公爵と春の姫

しおりを挟む
それから数年後。

「母上!母上!」

イースボル城の温室に、小さな男の子の声が響く。

「どうしたの、リュカ?」

私は立上がると駆け寄ってくる息子を抱き止めた。

「父上が視察から戻ってきますってオーキッドが呼んでいます!」

アデルバート様によく似た顔立ちと黒髪、そして右目はアイスブルー、左目は深紅のオッドアイを持って生まれた息子に、アデルバート様は「リュカラーシュ聖なる幸福」と名付けた。
アデルバート様も私も、リュカラーシュを大切に、慈しんで育てている。

「あら、もうそんな時間なのね。では一緒にお迎えをしましょうね」
「はい、母上!」

元気よく答えたリュカラーシュはもうすぐ四歳になる。そしてあと数ヵ月後にはお腹の子の兄となる予定だ。
私はリュカラーシュと手を繋ぎ、エントランスホールへと急いだ。

「父上!!」

既に到着していたアデルバート様を見つけた瞬間にリュカラーシュは私の手を離してアデルバート様の方へと駆けていく。

「リュカ!いい子にしていたか?」

アデルバート様はリュカラーシュを見て破顔し、抱き上げる。

「はい!母上とドミニクの言うことを聞いて、父上の留守をしっかり守りました!」
「それでこそ、私の自慢の息子だ。褒美に後で稽古をつけてやろう」
「本当ですか?!やったあ!」

目を輝かせて喜ぶリュカラーシュの黒髪をゆっくりと撫でながら、アデルバート様は私に向き直る。

「……大事ないか?」
「お出迎えが遅くなり、申し訳ございません。でも、アデルバート様……たった一日留守にされていただけではありませんか」

私がそう言って笑うとアデルバート様はリュカラーシュを抱っこしたまま歩みより、私のお腹に手を当てた。
ドレスの上からでも、ふっくらとしてきたのが分かる。

「うむ……。リュカが腹にいた時も心配だったが、やはり子を育むというのはそれなりに負担がかかるであろう?」

アデルバート様は私がリュカラーシュを宿して以降、とても心配性になられた。そして、リュカラーシュが生まれてからはリュカと私を甘やかしてくる。………最恐将軍とは思えないような、幸せそうな顔をなさって。

あれから、冬が長いのは変わりないけれど、極北の公爵領にも四季が巡るようになり、僅かながら作物が収穫できるようになった。
収穫の喜びを噛みしめるたびに、ラーシュが自分の命を捨てて、呪いを解いてくれたのだと、実感する。

それから、リーテの村に移り住んだスネーストルムの生き残りは、少しずつ公爵領の生活に馴染み、今では他の村とも交流があるようだ。
時々アルヴァが、リュカラーシュの様子を見に来る時に、村の様子を聞かせてくれる。
そのアルヴァも、ティストの町でパン屋を営んでいる娘と、恋仲になっているらしい。

恋仲といえば、ドミニクとエブリンは来月挙式予定になっている。ドミニクは私を守れなかったことで護衛騎士を解任されそうになったけれど、アデルバート様を必死に説得し、事なきを得た。
あれは多分……私を護衛したいのではなく、その方がエブリンと一緒にいられる時間が長くなるからではないかしら……。

「立っていると疲れるだろう。リュカ、私は母上を連れて行くから、ドミニクと一緒に部屋に戻りなさい」
「はいっ。でも、稽古の約束は忘れないで下さいね!」
「ああ、分かっている」

子守役がすっかり板についたドミニクを引き連れ、駆けていくリュカラーシュを見つめ、それからアデルバート様は私を抱き上げた。

「……国王陛下は、こうなることを見越していたのだろうか……?」
「……さあ、どうでしょうね?」

アデルバート様がふと呟いた言葉に、私は笑う。
役立たずの聖女の私が最恐将軍に嫁いだら、思いもよらない溺愛と、公爵領の平和が待っているなんて、国王陛下どころか誰も考えもしなかったでしょう。
いつか子供達が大きくなったら、炎の竜を宿した黒焔公爵と春の女神の加護を受けた春の姫の物語を、聞かせてあげましょう。
私はアデルバート様の口付けを受けながら、そんな夢を思い描くのだった。




※※※あとがき※※※

『黒焔公爵と春の姫~役立たず聖女の伯爵令嬢が最恐将軍に嫁いだら~』をお読みいただきありがとうございます!
思いの外長いお話になってしまいましたが、これにて完結となります!
あとは気まぐれに後日談などを数話掲載予定です。

アデルバート様がもろに私の好みの男性で、書いていてとても楽しかったのですが、ドミニクとエブリンをもう少し活躍させたかったなと思います。
………特にドミニク。最終的にただのヘタレです。


余談ですが、作品中の詠唱呪文は基本ロシア語ですが、ロシア語読めない……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小国の王太子。~優秀だが口煩いからと婚約破棄された超大国の大貴族チート令嬢を妻に迎え、彼女の力を借りて乱世での生存を目指します。

モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に口煩いからと婚約破棄された隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。徐々にリューベック王国が力をつけていく中、後にフェリオル戦争と呼ばれる大戦が勃発し、リューベックもそれに巻き込まれていく事になる。リューベック王国は生き残る事が出来るであろうか

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

畑にスライムが湧くんだが、どうやら異世界とつながっているみたいです

tera
ファンタジー
■書籍化しました。10月刊行してます。 ■それに伴いあらすじ差し替えです。 ■全2巻発売中! ■完結積み作品ですか要望によってはこぼれ話をWEBにて更新します。 異世界×現代のんびり農業ファンタジー、開幕!! 会社を辞めて東京奥多摩へ帰ってきた俺、向ケ丘ユヅル。祖父母の残した家と畑を管理することになり、畑の様子を見に行くと……ちょ、スライムが湧いている!? それも、一匹や二匹ってレベルじゃねーぞ! なんとか駆逐したものの、来る日も来る日も畑に異世界からの魔物や女騎士が湧いてくるんだが――東京奥多摩の秘境を舞台に、異世界の同居人と現代人が繰り広げる、ドタバタ農業ファンタジーが今、始まる! ===== ※一話二千文字程度でゆるっと続けていきたいと思います。 ※ぜひ感想などありましたらお願いします。 ※2017.04.08 HOTランキング一位とれました! ※2017.04.09 ファンタジー小説ランキング一位です、ありがとうございます! ※そして月曜日から一日一更新になります。お読みいただいてありがとうございます!

【完結】男装の麗人が私の婚約者を欲しがっているご様子ですが…

恋愛
伯爵令嬢のグラシャは同じ女学校のシルビアと婚約者で侯爵家のアシュレイが両想いであるという噂を耳にする。シルビアは彼の幼馴染、しかもその長身と整った顔立ちから『男装の麗人』として人気を集めている。 お互いが想い合っているなら潔く身を引こう、心に決めたグラシャはアシュレイを呼び出し別れを告げようとするが…… 「俺が君を手放すと、そう思っているのか?」 勘違いした令嬢と不器用な婚約者がある噂をきっかけに急接近?!ざまぁ要素あり、基本溺愛系です。 ※ノベルバでも投稿しております。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

処理中です...