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145.春の女神

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ふわり、と柔らかな風が吹き抜けた。
その風は、私達の周囲を駆け抜けていく。

『……待っていたぞ』

それに声をかけたのは、炎の竜だった。

『久しぶりね。二千年ぶりくらいかしら』

風が旋風になり、そこから若い女性が姿を現した。金髪に、菫色の瞳の美しい女性だ。
その人が『春の女神』だと、教えられた訳ではないのに、私は知っていた。

「春の女神、か」

アデルバート様も、直感的に感じ取ったようだ。
事態が飲み込めていないドミニクは女神を見つめている。

『……この地にかけられた氷雪神の呪いは、解けました。これより私の力で、この地を蘇らせます。私はそのためにやってきました』

春の女神が左右に手を広げると、彼女を中心に金色の光が四方八方へと広がっていく。
温かく、安らぎを与えてくれる光は、まるで春の陽射しのように大地を覆い尽くした雪や氷を溶かし、草木の芽吹きを促していく。
それは、私が枯れた花に触れたときに起こった事と同じだった。

「緑が………」

今は四月。極北は元々気温が低く、冬は長い。でも公爵領の隣にある国などは四月になれば春が来て、草木が芽を出し、花の蕾も綻ぶ。
春の女神は、呪いを受けて生命を育む力を失った大地に、本来の姿を取り戻させるために来てくれたんだわ……。
気がつくと、空を覆っていた厚い雲はすっかり消えて、傾き出した夕日が美しく輝いていた。

『……これで、心配はないでしょう。あとは、シャトレーヌ。貴女に任せましたよ』

突然に名前を呼ばれて、私は驚く。
どうして、春の女神が私の名前を知っているのかしら。瞬きをすると、春の女神が小首を傾げた。

『……ふふ。驚きましたか?貴女の家系は、元々私の神殿に仕えていたのです。血筋を辿れば、ラトーヤも同じです。時折、ラトーヤや貴女のような、私の加護の影響が強く現れた娘が生まれるのです。……私は貴女が生まれた時からずっと見守っていました』

それは初耳だ。……という事は、ラトーヤは私のご先祖様だったのだわ……。

『貴女は随分と自分を卑下していたけれど、成長しましたね。貴女と、アデルバートがいればこの土地は安泰でしょう』

穏やかな笑顔を浮かべて、春の女神は事切れたラーシュへと歩み寄った。
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