黒焔公爵と春の姫〜役立たず聖女の伯爵令嬢が最恐将軍に嫁いだら〜

140.炎の竜と春の女神

『お主の中で、お主の揺れ動く感情を観察させてもらった。久しぶりに、愉しませて貰った。お主が我の力に怯える様は特にな』
「………悪趣味だな」
『そう言うな。我は既に何千年という時を過ごしてきている。欠伸が出るほど退屈な時間だったが、ヒトと共に過ごした時間は実に有意義であったよ』

炎の竜は本当に楽しそうだった。
炎の竜が言ったことが本当ならば、どうして黒焔公爵家に伝わる話は事実と違う。………もしかすると、長い時間を経る中で、脚色や想像が加わり、いつの間にか事実と変わってしまったのかもしれない。

「………アルノルト王子が、貴方を取り………かの娘やお主が、我がヒトと関わるのに合わせてこの地に導かれたのは、偶然ではあるまい』

炎の竜の言葉に、私は更に驚愕した。………炎の竜は、春の女神を妻だと言った。………という事は、アデルバート様の中に眠っていたのは炎の竜………ではなく、火炎神だということになる。
でも、私以上に驚いているのは、アデルバート様だろう。知らなかったとは言え、自分の中に神がいるなんて思いもしないだろう。

『我も力を取り戻した事だ。いい加減、この争いを終わらせる頃ではないか？………我がヒトの国同士の争いに口を出すべきではないのだろうが、我も氷狼との事がある。それに、アルノルトとの約束も果たさねばならぬからな』

炎の竜………火炎神は随分とアルノルト王子を気に入っていたようだ。話の節々からそれが伺える。………もし無事にイースボルに戻れたら、王子とラトーヤの墓に、火炎神を連れていきたいと思った。

「……おい、話は終わったか？」

痺れを切らしたラーシュが、声を掛けてきた。

『………スノーデンの小童か。………良かろう。相手をしてやる』

アデルバート様の体を借りた炎の竜が、ちらりとラーシュに視線を移した。