126 / 166
126.春の魔法
しおりを挟む
「火炎陣」
アデルバート様は慌てた様子もなく落ち着いた声で詠唱すると、氷狼を取り囲む様に巨大な炎の竜巻が出現した。
炎の竜巻は空まで伸び上がり、赤黒い渦を形成して氷狼を絡め取ってゆく。
その熱で、中に閉じ込められた氷狼はおろか、その周囲にあった分厚い雪の層や氷もみるみるうちに溶けて、蒸発してゆく。
………ラーシュは周囲に雪や氷がある限り、あの氷狼は再生すると言っていた。
アデルバート様はその意味を理解した上で、全てを炎の熱で溶かし尽くし、昇華しようとしているのだ。
「ふん、その程度では氷狼は消滅しない」
対するラーシュは余裕の表情だ。
彼には、アデルバート様に勝てる算段があるのだろう。
………私はアデルバート様のために、何も出来ない無力な自分が、歯痒かった。
春の姫の力がある事が分かったところで、これでは王都で聖女をしていた頃と同じ、ただいるだけで役立たずの聖女。
自分の迂闊さでラーシュに捕まり、アデルバート様の足枷になってしまっているのだから、よりたちが悪いのかもしれない。
私にも、何かアデルバート様の助けになる事が出来れば………!
私は、心の中で強くそう願った、その時だった。
一瞬強い花の香りが鼻腔をくすぐったかと思うと、強い南風が村中を駆け抜けた。
それは、アルヴァに蘇生魔法を使った時と同じような、いや、それよりも強くて優しい、温かな風だった。その風は何度も、何度も穏やかに通り過ぎていく。
その風は、草木が芽吹く、春の匂いを纏っていた。
「え………」
私は、瞠目した。
風が通り抜けるたびに、物凄い勢いで雪が溶けていく。あれほど降り積もった雪が、なくなっていくのだ。
驚いたのはそれだけではなかった。
分厚い雲が割れて、温かな陽の光が差し込んでくる。
そう。まるで長い冬が開けて、待ち遠しかった春が訪れたかのような光景だった。
「シャトレーヌ………そなた………」
アデルバート様は春風に長い黒髪を踊らせながら私を見つめている。
………春の姫は、春の女神の加護を受けた者が使える魔法とアデルバート様は仰っていた。
どうして私が春の女神の加護を受けたのかは分からないけれど、春の女神は確かに今、私に力を貸してくださった。そんな気がした。
アデルバート様は慌てた様子もなく落ち着いた声で詠唱すると、氷狼を取り囲む様に巨大な炎の竜巻が出現した。
炎の竜巻は空まで伸び上がり、赤黒い渦を形成して氷狼を絡め取ってゆく。
その熱で、中に閉じ込められた氷狼はおろか、その周囲にあった分厚い雪の層や氷もみるみるうちに溶けて、蒸発してゆく。
………ラーシュは周囲に雪や氷がある限り、あの氷狼は再生すると言っていた。
アデルバート様はその意味を理解した上で、全てを炎の熱で溶かし尽くし、昇華しようとしているのだ。
「ふん、その程度では氷狼は消滅しない」
対するラーシュは余裕の表情だ。
彼には、アデルバート様に勝てる算段があるのだろう。
………私はアデルバート様のために、何も出来ない無力な自分が、歯痒かった。
春の姫の力がある事が分かったところで、これでは王都で聖女をしていた頃と同じ、ただいるだけで役立たずの聖女。
自分の迂闊さでラーシュに捕まり、アデルバート様の足枷になってしまっているのだから、よりたちが悪いのかもしれない。
私にも、何かアデルバート様の助けになる事が出来れば………!
私は、心の中で強くそう願った、その時だった。
一瞬強い花の香りが鼻腔をくすぐったかと思うと、強い南風が村中を駆け抜けた。
それは、アルヴァに蘇生魔法を使った時と同じような、いや、それよりも強くて優しい、温かな風だった。その風は何度も、何度も穏やかに通り過ぎていく。
その風は、草木が芽吹く、春の匂いを纏っていた。
「え………」
私は、瞠目した。
風が通り抜けるたびに、物凄い勢いで雪が溶けていく。あれほど降り積もった雪が、なくなっていくのだ。
驚いたのはそれだけではなかった。
分厚い雲が割れて、温かな陽の光が差し込んでくる。
そう。まるで長い冬が開けて、待ち遠しかった春が訪れたかのような光景だった。
「シャトレーヌ………そなた………」
アデルバート様は春風に長い黒髪を踊らせながら私を見つめている。
………春の姫は、春の女神の加護を受けた者が使える魔法とアデルバート様は仰っていた。
どうして私が春の女神の加護を受けたのかは分からないけれど、春の女神は確かに今、私に力を貸してくださった。そんな気がした。
1
お気に入りに追加
1,224
あなたにおすすめの小説
小国の王太子。~優秀だが口煩いからと婚約破棄された超大国の大貴族チート令嬢を妻に迎え、彼女の力を借りて乱世での生存を目指します。
モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に口煩いからと婚約破棄された隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。徐々にリューベック王国が力をつけていく中、後にフェリオル戦争と呼ばれる大戦が勃発し、リューベックもそれに巻き込まれていく事になる。リューベック王国は生き残る事が出来るであろうか
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
畑にスライムが湧くんだが、どうやら異世界とつながっているみたいです
tera
ファンタジー
■書籍化しました。10月刊行してます。
■それに伴いあらすじ差し替えです。
■全2巻発売中!
■完結積み作品ですか要望によってはこぼれ話をWEBにて更新します。
異世界×現代のんびり農業ファンタジー、開幕!!
会社を辞めて東京奥多摩へ帰ってきた俺、向ケ丘ユヅル。祖父母の残した家と畑を管理することになり、畑の様子を見に行くと……ちょ、スライムが湧いている!? それも、一匹や二匹ってレベルじゃねーぞ! なんとか駆逐したものの、来る日も来る日も畑に異世界からの魔物や女騎士が湧いてくるんだが――東京奥多摩の秘境を舞台に、異世界の同居人と現代人が繰り広げる、ドタバタ農業ファンタジーが今、始まる!
=====
※一話二千文字程度でゆるっと続けていきたいと思います。
※ぜひ感想などありましたらお願いします。
※2017.04.08 HOTランキング一位とれました!
※2017.04.09 ファンタジー小説ランキング一位です、ありがとうございます!
※そして月曜日から一日一更新になります。お読みいただいてありがとうございます!
【完結】男装の麗人が私の婚約者を欲しがっているご様子ですが…
紺
恋愛
伯爵令嬢のグラシャは同じ女学校のシルビアと婚約者で侯爵家のアシュレイが両想いであるという噂を耳にする。シルビアは彼の幼馴染、しかもその長身と整った顔立ちから『男装の麗人』として人気を集めている。
お互いが想い合っているなら潔く身を引こう、心に決めたグラシャはアシュレイを呼び出し別れを告げようとするが……
「俺が君を手放すと、そう思っているのか?」
勘違いした令嬢と不器用な婚約者がある噂をきっかけに急接近?!ざまぁ要素あり、基本溺愛系です。
※ノベルバでも投稿しております。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる