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116.涙

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室内は、必要最低限の家具が置いてあり、こざっぱりと整えられていた。
私は小さな木の椅子に腰を下ろす。

「では、私はこれで」

アルヴァは一礼して出ていった。
その途端、緊張の糸が切れたのか、今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れ出した。

「アデルバート様………」

次々と、涙が溢れてくる。私はテーブルに突っ伏すと、強く手を握りしめながら、静かに涙を流した。
私は、無事にアデルバート様の元へ戻れるのかしら。………それとも、モーリス侯爵令嬢のように、氷狼の餌にされてしまうのかしら。
そんな事を考えれば考えるほど、心細くなって、また新しい涙が流れた。
弱気になっている場合ではないというのに、あまりに色々なことがありすぎて、少し情緒不安定になってしまったのかもしれない。

三十分ほどそうしていたのだろうか。
扉をノックする音が聞こえて、アルヴァが入ってきた。

「シャトレーヌ様、失礼致します。お着替えとお飲み物をお持ちしました」
「………ありがとう」

私は、涙を拭うと立ち上がる。

「シャトレーヌ様………」

泣き過ぎて、腫れぼったくなった瞼に気がついたのだろう。アルヴァは何かを言いかけて、口籠る。
そして、静かに飲み物を差し出してくれた。

「………すみません」
「違うの。貴方が謝ることじゃないわ」

最初は荒っぽい印象を受けたアルヴァだけれど、ドミニクよりも物腰は柔らかく、穏やかな人物のようだ。

「そちらの部屋に鏡もありますから、着替えをなさってください」

そう言えば、ラーシュにドレスを破かれて、アルヴァが上着を貸してくれたのだったわ。

「ごめんなさい。貴方の上着を借りたままだったわね。すぐに着替えるわ」

私は慌てて着替えを受け取ると、別室で着替えを済ませる。
私には少し大きかったけれど、破かれたドレス寄りは遥かに増しだ。
遠征先なのに、女性用のドレスがなぜ用意されているのか少し不思議だけれど………。

「アルヴァ、助かったわ。これは返すわね」

畳んだアルヴァの上着を、手渡す。

「………やはり、少し大きかったようですね」
「大丈夫よ。用意してくれて、助かったわ」

私は改めてお礼を言うと、アルヴァは、少し目を泳がせながら、ポツリと呟いた。

「………それは、私の婚約者の形見なのです」
「………え?」

思わぬ告白に、私は目を見開いた。
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