上 下
93 / 166

93.知りたい(アデルバート視点)

しおりを挟む
鍛錬場では既に騎士たちが鍛錬に励んでいた。
私の姿を見ると、皆畏まって礼を取る。
私は、模擬刀を手に取ると肩慣らしの素振りを始めた。
余計なことを考えなくて済むように、一心不乱に剣を振るっていると、一人の若い騎士が声をかけてきた。

「こ、黒焔公爵様………ご指導願えませんか?」

確か、最近入隊したばかりの騎士だったか。
私は頷いた。

「いいだろう。ただし、途中で音を上げるなよ」
「ありがとうございます!」

若い騎士と向かい合い、打ち合いを始める。若いだけあって力はあるが、やはり太刀筋が甘く、隙だらけだ。

「踏み込みが甘い!」

私は片足で彼の足を払った。

「っ!」

若い騎士は倒れ込む。

「鍛え方が足りん!もっと足を鍛えろ!」
「はいっ!」

私が怒号を飛ばすと、近くにいた騎士たちが囁くのが聞こえた。

「黒焔公爵様………いつになく厳しくないか?まさに最恐将軍だぜ」
「昨日、奥方を迎えられたそうだが………気に食わなかったんじゃないか?」

普段なら、他人による私の評価など全く気にならないのに、その囁きがやけに耳障りに感じた。

「そこ!無駄口を叩く暇があるなら鍛えてやる。かかってこい」
「は、はいっ」

半分八つ当たりに近いような気持ちを、騎士たちにぶつけるのは間違っていると知りながらも、私はそうしてしまう。

「脇をもっと締めろ!攻撃を受けた時に剣が飛ばされるぞ!」

私は声を張り上げた。
と。あちらの方から、ドミニクと侍女を伴ったシャトレーヌの姿が見えた。
思いがけない来訪に、私は今朝方の彼女の態度などすっかり忘れたように胸が高鳴るのを感じた。
模擬刀をおくと、シャトレーヌの方へと向かった。

「シャトレーヌ、もう出歩いても大丈夫なのか?」
「鍛錬のお邪魔をしてしまい、申し訳ございません。私はこの通り、ご心配には及びませんわ」
「このような場所を見ても、面白くあるまい。あちらに、植物を育てる温室がある。そちらの方に行ってみるといい」

このような場所は彼女には相応しくない。もっと美しいものに囲まれているべきだと思い、私は嬉しい気持ちを飲み込むと、そう提案する。

「アデルバート様や騎士の皆様が、普段どのように過ごされているのかを見てみたいと思っただけですので、鍛錬にお戻り頂いて結構ですわ。私ももうお暇致しますので」

シャトレーヌはそう言って微笑んだ。
そうあっさり引き下がられてしまうと、名残惜しい気持ちが首を擡げた。

「………待て」

思わず、引き留めてしまう。
自分から立ち去るように提案しておいて引き留めるなど、一体私は何をしているのだ………。

「はい?」

戸惑ったようにシャトレーヌは目を瞬いた。

「そろそろ休憩の時間だ。もしよければ一緒に茶でも、と思ったのだ」

普段、鍛錬の最中に休憩など取ったことはない。シャトレーヌを引き留める為の咄嗟の口実だった。
「休憩?」

ドミニクが不思議そうに声を上げる。私はがギロリとドミニクを睨んだ。

「どうだ?」
「………ええ、喜んで」

シャトレーヌはまた微笑んだ。何故シャトレーヌの笑顔はこんなにも柔らかいのだろう。

「そちらに休憩室がある。シャトレーヌの侍女………エブリンと言ったか。すまんが茶を用意してくれるか?」
「は、はい!只今!」

茶など全くもってどうでもいいが、もっと多くの時間を共有して、シャトレーヌの事を知りたいと思う気持ちに、素直に従ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

処理中です...