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85.王命による結婚(アデルバート視点)

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「いい加減、妻を娶ったらどうだ」

久しぶりにエルヴァリグルの王城に呼び出され、陛下への謁見に臨んだところ、開口一番の言葉がこれだった。

「お主ももう、三十路だ。次代の事も考えなければなるまい」

ここのところ毎月のように書簡で送られてきたものと同じ要求に、私はうんざりしていた。

「畏れながら、陛下。私は妻を娶る気はないと申し上げたはずです」
「黒焔公爵よ、お主の気持ちは重々承知している。だが、軍人とはいえお主も貴族。個人の意思が尊重されるとは思っておるまい」

陛下は、玉座から立ち上がり、私の方に歩み寄ってきた。

「グロリオサ家の血が途絶えると言うことが、どういうことなのか、一番理解しているのは、お主自身だろう」
「しかし、陛下………」
「やはり、拒むか」

陛下は私の前まで来ると、溜息をついた。
正直、溜息をつきたいのは私の方だ。私が、人嫌いな事も、この体に宿る力を忌まわしく思っていることも、陛下はご存知のはずだ。
それでもなお婚姻を勧めてくるのか。

「ならば儂にも考えがある」

陛下は、くるりと向きを変えると、再び玉座へと戻られた。

「黒焔公爵アデルバート・グロリオサ」
「はい」
「王命により、婚姻を結べ」
「………」

私は、押し黙った。
おそらく、他に手がなかったのだろう。
私は静かに目を伏せた。

「相手は?」
「ふむ、そうだな………希望はあるのか?」

自分で命令を下しておいて、それを私に訊くか。
妻にと望むような女性がいれば、初めから拒否しないと思わないのだろうか。

「希望………というほどではございませんが………どうしても娶れと仰るのであれば、聖女を妻に望みます」

私は、半ば諦めたようにそう告げた。
妻を迎えるなど、怖気がする。
そもそも、女という存在が苦手だ。………というか、人と関わるのが嫌いだ。中でも女というものは、見てくればかり気にして、悪意に満ちた噂話を好む、そんな存在だ。
だが、私は日に日に大きくなるこの力に脅威を感じていた。
・・・昔、初代黒焔公爵がその身に宿った炎の竜の力の大きさで身を滅ぼす寸前だった時に現れたという聖女の伝説が、極北の公爵領には残っている。
陛下との会話の中で、何故かその話がふっと頭に浮かんできて、私は思わずそう告げてしまったのだった。
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