上 下
68 / 166

68.炎の竜

しおりを挟む
「アデルバート様?!」

私は慌てて立ち上がり、アデルバート様の正面に立った。
まさか、毒か何かを食事に盛られた……?
真っ先に頭を過ぎったのは、それだった。でも、顔色が悪いわけではないし、苦しみ方もそこまでひどくはない。
必死に考えを巡らすけれど、思い当たるような事が浮かんでこない。

「……っ……。だい、じょうぶだ……。ただ、少しだけ……私を抱き締めてくれ……」

アデルバート様が、呼吸を乱しながらそんな事を言ってくる。

「お待ち下さい。今、回復魔法を……」
「大丈夫だと言っただろう。これは、炎の竜のせいだ……。お前が側にいる時は……比較的落ち着いていたのだがな……」

炎の竜のせい?ではまさに今、アデルバート様の中で、炎の竜が暴れているというの?
私は戸惑いながらも、言われたとおりにアデルバート様を抱き締めた。
大きく肩で呼吸を繰り返すアデルバート様。私は、その苦しみが少しでも和らぐように、祈った。
すると、発作が治まっていくように、少しずつアデルバート様の呼吸が落ち着いていく。

「アデルバート、様?」
「……大丈夫、大丈夫だ……」

まるでご自身に言い聞かせるように、アデルバート様が呟いた。
そして、大きくゆっくりと呼吸すると、今度はアデルバート様が私を抱き締めた。

「すまない……驚かせたな」
「いえ………まぁ、確かに驚きはしましたけれど……」

アデルバート様の鼓動が、温もりと共に伝わってきた。

「スネーストルムの気配を、私の中の炎の竜本能の部分が、感じ取っているのだ。炎の竜にとっても、スネーストルムは因縁の相手だ。奴らを……スノーデンの生き残りを焼き尽くせと、私の中で暴れて、私を支配しようとする……」

そう呟いたアデルバート様の様子は、いつものような堂々とした黒焔公爵のそれではなく、まるで、夜の闇を怖がっている子供のようだった。
………ああ、この人は……人を傷付けることが怖いのだわ。
最恐将軍と畏れられる程の力を持ち、その身に炎の竜の魂を宿す、我が国の北方における守りの要である、黒焔公爵。そんな評価の裏に隠された彼の素顔を垣間見た私は、アデルバート様を堪らなく愛おしいと思った。

「……大丈夫です。私は、アデルバート様の『春の姫』なのでしょう?ならば、ラトーヤさんがアルノルト王子にそうしたように、私もアデルバート様が暴走しそうになれば全力で止めますわ。だから、もう怯えなくていいのです」

私には、ラトーヤさんのような力はないかもしれない。でも、アデルバート様を思う気持ちなら、誰にも負けない。
私は、私なりのやり方で彼を守り、愛していきたい。私は心からそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

Where In The World

天野斜己
恋愛
喪女を自任するあたしが、異世界に召喚されてしまう。 この世界の最高神の恩寵をもたらす“神子”として。 本来ならすぐに皇妃にされる筈なのに、美貌の皇帝はあたしに見向きもしない。挙句、三年半もの間、ほったらかしにされてしまう。「側室が沢山いる男の妻なんて、こっちからお断り!!」と思ってたあたしが、遂に別れを決意した。いつの間にか、あなたを愛し始めてしまっていたから・・・ ※ 王道の異世界トリップものです。 ※ ご都合主義、万歳!! ※ ゆるゆるの設定で、【降りて】くるままに書いておりますので、   あまり深い突っ込みはどうかご容赦下さい。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

転生悪役令嬢は暴君の飲み友になりましたがうっかり一線超えてしまったので逃亡します!

天城
恋愛
「やらかしてしまった…」 目が覚めたら全裸。隣には未来の『暴虐王』、美貌の第二王子ジルヴェスター様が健やかに眠っていた。 転がる酒瓶、ぼんやりした記憶と二日酔い。これはやばい。冷や汗が止まらない。 とりあえず飲み友と一線越えてしまったなら逃げるしかないよね? 三十路ガチャ廃OLが転生した先は、最推しキャラ『暴虐王』のいる漫画の世界だった。 ここで主人公をいじめる悪役令嬢として生まれたからには!推しを愛で、推しの血みどろ運命を変えず、見守るために側に居るしかありませんね?とりあえず飲み友から始めませんか。 目指せ『推しの胃袋をつかめ作戦!!〜あわよくば飲み友に〜』推しの好物は把握済ですので、勝機しかない!うまい酒と!美味しいおつまみ!そして今日も推しが尊い!! ダブルヒーローで両方と絡み有。好きな方だけお進み下さい。(メインヒーローのみ挿入有り)

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

処理中です...