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第1章 念願の国外追放
未来の勇者
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ティール・エーデルワイス。今はまだただのティールである未来の勇者はポケットに手を入れたまま仏頂面で僕の隣を歩いている。僕を置いてさっさと行ってしまったりしない辺り真面目だよね~。
さらさらと流れる新雪のような真っ白な髪に深緑の中の湖のような青とも緑とも言えない不思議な虹彩の瞳。
僕と2つしか違わないのに未だに少年ぽさを残すひょろひょろな僕と違ってティールの体はしっかりと厚みのある筋肉で覆われている。もちろんオーナーには敵わないけど、ティールはこう……鎧みたいな筋肉というより猫科の肉食動物みたいなしなやかな筋肉だ。
試しにぐっ、と出してみた僕の力こぶは子供用の柔らかいボールでも詰めました?みたいな微妙な硬さにしかならなくてついため息を吐いた。
まぁそうだよね。小説の魔王になったウルだって力勝負じゃなかったもん。僕はΩ×Subだし、非力なのはもう仕方ない。だけど僕だってムキムキの筋肉つけてパワー!とか叫んでみたかったのに。
「さっきから何のため息だ?気が滅入るからやめろ」
またうっかり出たため息を聞き咎めたティールがぎろり、と見下ろしてくる。その氷みたいに冷たく整った顔で睨まれると大抵の人は震え上がるだろう。
勿論未来で自分を殺すかもしれない男の眼力に僕のお腹の中の方が嫌な感じでひゅん、ってなったけど僕も負けじと睨み返してやった。
ティールは仲間と一緒に魔王の僕を退治しに来たけど、魔王の僕は一人で戦ったんだからな!ポテンシャルは絶対僕の方が高い!!
「オーナーとデートしたかった。ボク、オマエ、キライ」
「何で片言なんだ。あと俺もお前が嫌いだ」
お互い顔を見合わせて、ふん、とそっぽを向く。
オーナーと同じ突っ込み方なのも腹立つんですけど!!
ふん!ふん!と鼻息荒くティールから目を逸らしながら、ふ、と景色を見る。
そういえば僕、この国に来る時っていつも直でオーナーの店に行ってたしこの3か月ほとんど店の敷地から出してもらえなかったからご近所の景色なんて初めて見るかも。
パルヴァン王国の王都とか主要な都市部程大きな街ではないけれど、ここヴェネルティアもそれなりに大きい。大きな河が街の南側にあってそこから街中にも小さな川が張り巡らされている。水の街と呼ばれるヴェネルティアの主な移動手段は舟か徒歩だ。
オーナーの店は川から離れた宿場町にあって、目の前の通りは色とりどりの石で出来た建物が所狭しと並ぶ。建物が色とりどりなのは川から小舟で帰ってくる人が一目で自分の家がわかるように、なんだって。
宿屋の看板、娼館の看板、ちょっとした食堂から土産物屋。馬車がギリギリすれ違える道幅はこれでもまだこの街の中では広い方だ。
店の裏手の道は人が3人くらい横に並んだら壁にぶっつかってしまいそうなくらい狭いし。
だから店の防音設備はそれなりにしっかりしている。だってアレな声が外に丸聞こえだったら大変だもんね。
ただ1階は食堂でお姉さん達に夜のお相手より酒のお相手をして欲しいお客さん達のバカ騒ぎで食堂の閉店まではアレな声が聞こえる事はないと思うけど。
宿場町を過ぎて荷馬車が余裕ですれ違える大通りを抜け、30分くらい歩くとその向こうは落ち着いた色合いの街並みに変わった。
雑貨屋とか本屋とか服屋とか貴族がお忍びで来てもおかしくないお洒落な食堂や宿屋は大体川の側にある。荷物の運搬に便利だし、貴族が舟を使って裏手からお忍びで来たりするんだって。
そういえば祭の時にはこの川にランタンを流して、それが色とりどりで凄く綺麗なんだって王城の書庫で読んだことがあるな。その時にそんなに綺麗ならちょっと見てみたいな、って思ったんだよね。
「祭っていつやるの?」
「は?何の」
口をへの字に曲げてむっつり歩いていたティールに声をかけると案の定欠片も可愛くない声で訊き返された。愛想の欠片もないな!と言いかけて、そういえばオーナーも別に愛想あるわけじゃなかったな、って思い直す。
ティールを育てたのはオーナーだ。まだ15歳だったオーナーが冒険者をしたり、今のお店を始めたりして赤ちゃんだったティールを20歳まで育て上げた。
そのオーナーが小さい頃住んでいた教会は今この辺りを治める貴族の寄付を受けつつオーナーが支援して、ティールが守っている。つまり2人の付き合いは20年。ぽっと出の僕なんて眼中にもないってやつだ。
「うう……オーナーは絶対僕が落としてやるからな!!」
「話が全くわからん」
祭の話はどうした、って言われたけど僕はふん!とそっぽを向く。
少しの間僕らの間を冷たい風が流れて、漫画とかだったら葉っぱがくるりんと舞う描写がされてただろう。
そういえば何個か好きな漫画のシリーズがあった気がしたけど題名も内容も思い出せない。
「……お前、何が目的だ」
なんて思い出しても仕方のない好きだった漫画の事を思い浮かべてたら固くて冷たい声が耳に届いた。
「は?何って……何が?」
「スタンレールの公爵家の息子が一体何を企んでるのか、って訊いてるんだ」
ひたりと僕の瞳に合わされた深緑の湖みたいなティールの瞳。ゆらゆらと揺れる水面のように色が変化する不思議な虹彩をじっと見つめる。
ティールはオーナーと同じα×Domだからもしかしたら多少グレアを出しているかも知れない。僕には感知出来ないけど、周りの通行人が驚いたように振り返ったりそそくさとその場から離れていくからにはきっとそうなんだろう。
――お前も僕が嫌いな奴らと同じなの?オーナーの“息子”なのに。
グレアを出せば僕が怯えて本当の事を言うかもって思ったんでしょ?
『コマンド』出さないだけまだマシだけど、グレアで無理矢理Ω×Subを従わせようとする――大っ嫌いなやり方だ。
そう思ったら何だか腹が立って僕からも酷く冷たい声が出た。
「……公爵家の人間じゃないよ。最初から」
祖父母がいた頃は辛うじてそうだったのかも知れないけれど。
「企んでる事があるとするなら、オーナーのお嫁さんの座だね!番、なんておこがましい事は言わないからお嫁さんにして欲しい!!愛人でも良い!」
キャッとわざとらしい声と共に頬に両手を当てるとグレアが効かなかった事に気付いたのか、それとも別の理由なのかティールはそれ以上何も言わずにこっちもまたわざとらしいため息をついてスタスタと歩き出してしまった。
「え~、ちょっと~!置いてかないでよ~」
そっちから喧嘩売って来たくせに何なんだよ!
「……お前は……」
駆け寄って嫌がらせで腕に縋りつくと鬼の形相で引き剥がされたんだけど。その時に見下ろして来たティールの何か言いたげな、でも言うべき言葉が見つからないようなそんな顔をしていて。
物言いたげなしかめっ面に首を傾げてたら首輪の隙間に指をガッシリ入れて掴まれた。しかもそのままスタスタ歩き出しやがったんだ。
最低だよコイツ!か弱い僕になんて事を!!
「痛い痛いこの馬鹿力!僕の首がもげたら責任とってよね!」
「へえ、お前の首着脱式なの?すげぇ」
「はぁ!?そんなわけないでしょ!いたたたた、ホントに首!もげる!」
「お~?ティール?お前何かわい子ちゃんイジメてんの~?」
のんびりした声は背後から聞こえた。
僕には聞き覚えのない、でもティールには覚えがある声らしくチッという舌打ちと共にやっと首輪を掴む手が離れる。
振り向いた先にいたのはどこか眠そうな顔をしたティールと同じか少し年上っぽい感じの青年だった。
光に当たれば金髪に見える明るいオレンジ色の髪は耳下まで長く、くせ毛なのかあっちこっちに跳ね飛んでいる。隠れる程に伸びた前髪の隙間から覗く菫色の瞳は垂れ目がちで、眠たそうな半眼。くっきりした二重とスッキリと通った鼻筋、小さく開いた唇はほんのり色付いていて見る人が見れば蠱惑的、とでも評価するだろう。
明らかにα×Domだとわかるティールと違って柔らかそうな雰囲気は僕と同じSubのような雰囲気を与えるのに、すらりと伸びた背と広めな肩幅、腰から下げられた長剣や戦い慣れた身のこなしが彼のダイナミクスが何なのかわからなくさせていた。
「帰ってたのか、ギフト」
「ん、さっきな~」
(ギフト、って……ギフト・ベレッティ!?)
ティールと一緒に魔王を倒しに来た彼の仲間だ。
小説第二部ではあくまでもティールとハガル、ティールの恋人になるパルヴァン王国の第三王子をメインにしてたからほとんど出て来なかった。
第二部旅立ちの時と最終決戦の時に名前が出て来て、そういやそんな人もいたなぁ、くらいのキャラだ。
挿絵もない、完全なるモブだった彼は確かティールと同じ教会で育った幼馴染で唯一騎士養成学校に行ったんだっけ?
多分光の勇者の隣に若くして聖騎士になったってキャラを置きたかったんだろう。だからティールより1つ年上のギフトは既に学校を卒業して騎士になってる筈。
(そう言えば番外編でギフトの騎士学校編とかなかったっけな……?)
まだ発売前であらすじだけ読んで、それで……?
ギフトについての記憶がないって事は僕はそれを読まなかったのかな?
小説本編も結構記憶が薄れている所があるからもしかしたら読んでたけど記憶がないだけかも知れない。
なんて記憶を掘り返している僕なんかそっちのけでティールが首を傾げる。
「長期休みには早くないか?」
「だってオッサンが若い嫁捕まえてきたって聞いてさ~。面白そうだから見に来た」
「ん?若い嫁ってもしかして僕の事?やだな~、照れちゃう」
「は?黙れ馬鹿!何が嫁だこの不審者!」
「不審者ぁ~!?こんな幼気な僕を捕まえて不審者って言った!?」
お互い掴みかからんばかりに言い合ってたらギフトがひょい、と僕の顔を覗き込んできたからびっくりして思わず仰け反ってしまった。
いや、近くで見ると美形だね……。オーナーと一緒で髪しっかり整えて眠そうな顔をシャキッとさせたらモテるんじゃない?
「ふ~ん……?オッサン、好み変わった?」
「だから嫁だなんだって誤解だし」
「僕お嫁に立候補に来ました!その前にオーナーの好みって!?めっちゃ聞きたい!!」
だってオーナーも辛うじて挿絵にちょろっと出た程度のモブキャラだもん。オーナーの色々なんて全く情報なかったから聞きたい!
オーナーの好みを知りたいし、オーナーが娼館を作る前冒険者してた頃の話だって知りたい。
お姉さん達はオーナーが冒険者だった、っていうのは知ってるけど実際に戦ってるオーナーは知らないって言うしオーナー自身に聞いたって「面白い話じゃない」って教えてくれなかったんだ。
一緒のベッドで寝てるから寝物語にってせがんだら、ベッドもう一台買ってくるとか言い出したから泣く泣く諦めたんだよね。推しと一緒に寝られる権利は守らねば!
だからと言って冒険者時代のオーナーの事を知りたくないわけじゃないんだよな~。知る機会があるなら是非聞かせてもらわなくっちゃ!!
「あれ~……でも君、どこかで……?」
「王城騎士なら見た事あるだろ。スタンレール王太子の婚約者だ」
「偽物だって言ってるじゃん。本物の婚約者は僕の弟だし、僕は実家からも捨てられたのー」
「んん~……?でもオレ、スタンレールには行ってないんだよなぁ……?」
偽物の婚約者だった僕は外交には全く携わっていない。最初から迎えるつもりもない相手に外交だったり城内の重要事項を教えるわけがないからね。
僕に与えられたのはひたすら無意味な礼儀作法を学ぶこと、だ。
まあ僕も重要事項なんて知りたくなかったし別に構わないんだけど。だって下手に知って「お前は知りすぎた」とかって刺されても嫌じゃん。あいつらそういう汚い事平気でやりそうだもん。
だからそういう事に関わらない僕の王妃教育なんて妃になるのにマナーが出来てないなんて言語道断、だなんて来る日も来る日もただただ鞭で殴られただけだったけど。
(だから僕の体、傷だらけなんだよね……)
綺麗なウルの綺麗な肌。でも服で隠れて見えない部分は鞭による傷が沢山残ってる。全てを終わらせてオーナーの所に来た日は、まだ体には学院で同級生に殴られた痣もあった。義母にやられた火傷の跡は脇腹に醜い痕として残っていて、その部分だけ肌が引き攣ってあんまり感覚がない。
毎日毎日生傷が耐えなかったウルの体。内臓だって毒にやられて毎日痛かった。マリオットがいつも泣いてくれて僕の代わりに殴り込みに行こうとしてたっけな。
「まあ……いいや。それで?おチビちゃん、あのオッサンの何が良いの?」
僕の顔を見てしばし何かを考えていたギフトに問われてバッと顔を上げる。
オーナーの良い所?そんなの決まってるじゃん!!
「筋肉!!」
ティールから「体目当てか!」って酷い言いがかりをつけられたから僕は如何に筋肉が重要かを懇々と聞かせてやった。
買い物中も、帰り道も、それはもう熱烈に。お前の筋肉はまだまだだ!なんて難癖をつけてやりながら。
成り行きで僕達に付き添う羽目になったギフトは爆笑しててティールからはとてつもなく嫌そうな顔をされた。
僕が買った荷物をティールが全部持ってくれてたって気付いたのは店に帰って来てからで、慌ててお礼を言う僕と無茶苦茶感じ悪いティールを最後まで面白そうに見てたギフトは明日また話しよう、ってウインクと共に去って行った。
「オーナーただいま~!ねえ、ギフト帰って来てたよ」
「はあ?長期休暇にはまだ早いだろ」
「あはは、ティールと同じ事言ってる」
そんな仲良しだと僕ヤキモチ焼いちゃう!
ティールはパルヴァンの第三王子と恋仲になる予定だからオーナーに欠片も恋心なんてないだろう。
勿論第二の性が同じだから反発はしても惹かれ合う事は少ない筈だ。それにお互い年は親子程離れていなくても関係性はまんま親子、もしくは年の離れた兄って感じ。尊敬と畏怖が交じり合って、でも反抗するには頭が上がらないみたいな。
「ねぇねぇ、ティールはオーナーが育てたんだよね?ギフトは違うの?」
「あぁ、あいつは特殊なんだ。本来Dom寄りなんだがβのSwitchだから生粋のDomの側には置けなかった。特にティールは分化の時に制御が覚束なくてよく暴走させてな。ギフトがとばっちりでSubに切り替えられた事が何度かあって」
なるほど。それでティールみたいに明確にDom、って感じがしなかったのか。
Switchは相手に合わせてDomとSubが入れ替わってしまう。物語によっては「Switch」って言われると入れ替わる、とかあったけど確かこの小説では最初の説明で自身での切り替えの他に自分より強いDomからのグレアで入れ替わる、って書いてあった気がする。
α×Domからのグレアならβ×Switchのギフトには抗えなかっただろう。
「ギフトのSub化でティールの暴走も悪化するし、仕方なく離したんだ」
だからティールは安定するまで冒険者をやめたオーナーが開いたこの店で暮らしてたし、ギフトは騎士学校に入るまで安定したDomとSubしかいない教会で暮らしてたらしい。
「学校では大丈夫だったのかな」
「ん?ああ、抑制剤の効きも良いしあいつ自身切り替わらないように防御反応を取れるようになったからな。そうじゃなかったら騎士になんかさせてねぇ」
確かにギフトってなんていうか危うい魅力があると思う。僕みたいになよなよしてない騎士らしい体つき、なのに何故か色気があるというか。僕の好みではないけど、ああいうタイプを組み敷いて鳴かせたいって危ない奴とかいそうだもんな。
なんかそういう心配をされるギフトにちょっとだけ親近感が湧いてしまった。少なくとも同じ魔王を殺すかもしれない相手でもティールよりはギフトの方が好きだ。
「でも僕が一番好みなのはオーナーだからね~!」
「今そんな話してたか?」
心底わからない、みたいな顔もまた良し!!
さらさらと流れる新雪のような真っ白な髪に深緑の中の湖のような青とも緑とも言えない不思議な虹彩の瞳。
僕と2つしか違わないのに未だに少年ぽさを残すひょろひょろな僕と違ってティールの体はしっかりと厚みのある筋肉で覆われている。もちろんオーナーには敵わないけど、ティールはこう……鎧みたいな筋肉というより猫科の肉食動物みたいなしなやかな筋肉だ。
試しにぐっ、と出してみた僕の力こぶは子供用の柔らかいボールでも詰めました?みたいな微妙な硬さにしかならなくてついため息を吐いた。
まぁそうだよね。小説の魔王になったウルだって力勝負じゃなかったもん。僕はΩ×Subだし、非力なのはもう仕方ない。だけど僕だってムキムキの筋肉つけてパワー!とか叫んでみたかったのに。
「さっきから何のため息だ?気が滅入るからやめろ」
またうっかり出たため息を聞き咎めたティールがぎろり、と見下ろしてくる。その氷みたいに冷たく整った顔で睨まれると大抵の人は震え上がるだろう。
勿論未来で自分を殺すかもしれない男の眼力に僕のお腹の中の方が嫌な感じでひゅん、ってなったけど僕も負けじと睨み返してやった。
ティールは仲間と一緒に魔王の僕を退治しに来たけど、魔王の僕は一人で戦ったんだからな!ポテンシャルは絶対僕の方が高い!!
「オーナーとデートしたかった。ボク、オマエ、キライ」
「何で片言なんだ。あと俺もお前が嫌いだ」
お互い顔を見合わせて、ふん、とそっぽを向く。
オーナーと同じ突っ込み方なのも腹立つんですけど!!
ふん!ふん!と鼻息荒くティールから目を逸らしながら、ふ、と景色を見る。
そういえば僕、この国に来る時っていつも直でオーナーの店に行ってたしこの3か月ほとんど店の敷地から出してもらえなかったからご近所の景色なんて初めて見るかも。
パルヴァン王国の王都とか主要な都市部程大きな街ではないけれど、ここヴェネルティアもそれなりに大きい。大きな河が街の南側にあってそこから街中にも小さな川が張り巡らされている。水の街と呼ばれるヴェネルティアの主な移動手段は舟か徒歩だ。
オーナーの店は川から離れた宿場町にあって、目の前の通りは色とりどりの石で出来た建物が所狭しと並ぶ。建物が色とりどりなのは川から小舟で帰ってくる人が一目で自分の家がわかるように、なんだって。
宿屋の看板、娼館の看板、ちょっとした食堂から土産物屋。馬車がギリギリすれ違える道幅はこれでもまだこの街の中では広い方だ。
店の裏手の道は人が3人くらい横に並んだら壁にぶっつかってしまいそうなくらい狭いし。
だから店の防音設備はそれなりにしっかりしている。だってアレな声が外に丸聞こえだったら大変だもんね。
ただ1階は食堂でお姉さん達に夜のお相手より酒のお相手をして欲しいお客さん達のバカ騒ぎで食堂の閉店まではアレな声が聞こえる事はないと思うけど。
宿場町を過ぎて荷馬車が余裕ですれ違える大通りを抜け、30分くらい歩くとその向こうは落ち着いた色合いの街並みに変わった。
雑貨屋とか本屋とか服屋とか貴族がお忍びで来てもおかしくないお洒落な食堂や宿屋は大体川の側にある。荷物の運搬に便利だし、貴族が舟を使って裏手からお忍びで来たりするんだって。
そういえば祭の時にはこの川にランタンを流して、それが色とりどりで凄く綺麗なんだって王城の書庫で読んだことがあるな。その時にそんなに綺麗ならちょっと見てみたいな、って思ったんだよね。
「祭っていつやるの?」
「は?何の」
口をへの字に曲げてむっつり歩いていたティールに声をかけると案の定欠片も可愛くない声で訊き返された。愛想の欠片もないな!と言いかけて、そういえばオーナーも別に愛想あるわけじゃなかったな、って思い直す。
ティールを育てたのはオーナーだ。まだ15歳だったオーナーが冒険者をしたり、今のお店を始めたりして赤ちゃんだったティールを20歳まで育て上げた。
そのオーナーが小さい頃住んでいた教会は今この辺りを治める貴族の寄付を受けつつオーナーが支援して、ティールが守っている。つまり2人の付き合いは20年。ぽっと出の僕なんて眼中にもないってやつだ。
「うう……オーナーは絶対僕が落としてやるからな!!」
「話が全くわからん」
祭の話はどうした、って言われたけど僕はふん!とそっぽを向く。
少しの間僕らの間を冷たい風が流れて、漫画とかだったら葉っぱがくるりんと舞う描写がされてただろう。
そういえば何個か好きな漫画のシリーズがあった気がしたけど題名も内容も思い出せない。
「……お前、何が目的だ」
なんて思い出しても仕方のない好きだった漫画の事を思い浮かべてたら固くて冷たい声が耳に届いた。
「は?何って……何が?」
「スタンレールの公爵家の息子が一体何を企んでるのか、って訊いてるんだ」
ひたりと僕の瞳に合わされた深緑の湖みたいなティールの瞳。ゆらゆらと揺れる水面のように色が変化する不思議な虹彩をじっと見つめる。
ティールはオーナーと同じα×Domだからもしかしたら多少グレアを出しているかも知れない。僕には感知出来ないけど、周りの通行人が驚いたように振り返ったりそそくさとその場から離れていくからにはきっとそうなんだろう。
――お前も僕が嫌いな奴らと同じなの?オーナーの“息子”なのに。
グレアを出せば僕が怯えて本当の事を言うかもって思ったんでしょ?
『コマンド』出さないだけまだマシだけど、グレアで無理矢理Ω×Subを従わせようとする――大っ嫌いなやり方だ。
そう思ったら何だか腹が立って僕からも酷く冷たい声が出た。
「……公爵家の人間じゃないよ。最初から」
祖父母がいた頃は辛うじてそうだったのかも知れないけれど。
「企んでる事があるとするなら、オーナーのお嫁さんの座だね!番、なんておこがましい事は言わないからお嫁さんにして欲しい!!愛人でも良い!」
キャッとわざとらしい声と共に頬に両手を当てるとグレアが効かなかった事に気付いたのか、それとも別の理由なのかティールはそれ以上何も言わずにこっちもまたわざとらしいため息をついてスタスタと歩き出してしまった。
「え~、ちょっと~!置いてかないでよ~」
そっちから喧嘩売って来たくせに何なんだよ!
「……お前は……」
駆け寄って嫌がらせで腕に縋りつくと鬼の形相で引き剥がされたんだけど。その時に見下ろして来たティールの何か言いたげな、でも言うべき言葉が見つからないようなそんな顔をしていて。
物言いたげなしかめっ面に首を傾げてたら首輪の隙間に指をガッシリ入れて掴まれた。しかもそのままスタスタ歩き出しやがったんだ。
最低だよコイツ!か弱い僕になんて事を!!
「痛い痛いこの馬鹿力!僕の首がもげたら責任とってよね!」
「へえ、お前の首着脱式なの?すげぇ」
「はぁ!?そんなわけないでしょ!いたたたた、ホントに首!もげる!」
「お~?ティール?お前何かわい子ちゃんイジメてんの~?」
のんびりした声は背後から聞こえた。
僕には聞き覚えのない、でもティールには覚えがある声らしくチッという舌打ちと共にやっと首輪を掴む手が離れる。
振り向いた先にいたのはどこか眠そうな顔をしたティールと同じか少し年上っぽい感じの青年だった。
光に当たれば金髪に見える明るいオレンジ色の髪は耳下まで長く、くせ毛なのかあっちこっちに跳ね飛んでいる。隠れる程に伸びた前髪の隙間から覗く菫色の瞳は垂れ目がちで、眠たそうな半眼。くっきりした二重とスッキリと通った鼻筋、小さく開いた唇はほんのり色付いていて見る人が見れば蠱惑的、とでも評価するだろう。
明らかにα×Domだとわかるティールと違って柔らかそうな雰囲気は僕と同じSubのような雰囲気を与えるのに、すらりと伸びた背と広めな肩幅、腰から下げられた長剣や戦い慣れた身のこなしが彼のダイナミクスが何なのかわからなくさせていた。
「帰ってたのか、ギフト」
「ん、さっきな~」
(ギフト、って……ギフト・ベレッティ!?)
ティールと一緒に魔王を倒しに来た彼の仲間だ。
小説第二部ではあくまでもティールとハガル、ティールの恋人になるパルヴァン王国の第三王子をメインにしてたからほとんど出て来なかった。
第二部旅立ちの時と最終決戦の時に名前が出て来て、そういやそんな人もいたなぁ、くらいのキャラだ。
挿絵もない、完全なるモブだった彼は確かティールと同じ教会で育った幼馴染で唯一騎士養成学校に行ったんだっけ?
多分光の勇者の隣に若くして聖騎士になったってキャラを置きたかったんだろう。だからティールより1つ年上のギフトは既に学校を卒業して騎士になってる筈。
(そう言えば番外編でギフトの騎士学校編とかなかったっけな……?)
まだ発売前であらすじだけ読んで、それで……?
ギフトについての記憶がないって事は僕はそれを読まなかったのかな?
小説本編も結構記憶が薄れている所があるからもしかしたら読んでたけど記憶がないだけかも知れない。
なんて記憶を掘り返している僕なんかそっちのけでティールが首を傾げる。
「長期休みには早くないか?」
「だってオッサンが若い嫁捕まえてきたって聞いてさ~。面白そうだから見に来た」
「ん?若い嫁ってもしかして僕の事?やだな~、照れちゃう」
「は?黙れ馬鹿!何が嫁だこの不審者!」
「不審者ぁ~!?こんな幼気な僕を捕まえて不審者って言った!?」
お互い掴みかからんばかりに言い合ってたらギフトがひょい、と僕の顔を覗き込んできたからびっくりして思わず仰け反ってしまった。
いや、近くで見ると美形だね……。オーナーと一緒で髪しっかり整えて眠そうな顔をシャキッとさせたらモテるんじゃない?
「ふ~ん……?オッサン、好み変わった?」
「だから嫁だなんだって誤解だし」
「僕お嫁に立候補に来ました!その前にオーナーの好みって!?めっちゃ聞きたい!!」
だってオーナーも辛うじて挿絵にちょろっと出た程度のモブキャラだもん。オーナーの色々なんて全く情報なかったから聞きたい!
オーナーの好みを知りたいし、オーナーが娼館を作る前冒険者してた頃の話だって知りたい。
お姉さん達はオーナーが冒険者だった、っていうのは知ってるけど実際に戦ってるオーナーは知らないって言うしオーナー自身に聞いたって「面白い話じゃない」って教えてくれなかったんだ。
一緒のベッドで寝てるから寝物語にってせがんだら、ベッドもう一台買ってくるとか言い出したから泣く泣く諦めたんだよね。推しと一緒に寝られる権利は守らねば!
だからと言って冒険者時代のオーナーの事を知りたくないわけじゃないんだよな~。知る機会があるなら是非聞かせてもらわなくっちゃ!!
「あれ~……でも君、どこかで……?」
「王城騎士なら見た事あるだろ。スタンレール王太子の婚約者だ」
「偽物だって言ってるじゃん。本物の婚約者は僕の弟だし、僕は実家からも捨てられたのー」
「んん~……?でもオレ、スタンレールには行ってないんだよなぁ……?」
偽物の婚約者だった僕は外交には全く携わっていない。最初から迎えるつもりもない相手に外交だったり城内の重要事項を教えるわけがないからね。
僕に与えられたのはひたすら無意味な礼儀作法を学ぶこと、だ。
まあ僕も重要事項なんて知りたくなかったし別に構わないんだけど。だって下手に知って「お前は知りすぎた」とかって刺されても嫌じゃん。あいつらそういう汚い事平気でやりそうだもん。
だからそういう事に関わらない僕の王妃教育なんて妃になるのにマナーが出来てないなんて言語道断、だなんて来る日も来る日もただただ鞭で殴られただけだったけど。
(だから僕の体、傷だらけなんだよね……)
綺麗なウルの綺麗な肌。でも服で隠れて見えない部分は鞭による傷が沢山残ってる。全てを終わらせてオーナーの所に来た日は、まだ体には学院で同級生に殴られた痣もあった。義母にやられた火傷の跡は脇腹に醜い痕として残っていて、その部分だけ肌が引き攣ってあんまり感覚がない。
毎日毎日生傷が耐えなかったウルの体。内臓だって毒にやられて毎日痛かった。マリオットがいつも泣いてくれて僕の代わりに殴り込みに行こうとしてたっけな。
「まあ……いいや。それで?おチビちゃん、あのオッサンの何が良いの?」
僕の顔を見てしばし何かを考えていたギフトに問われてバッと顔を上げる。
オーナーの良い所?そんなの決まってるじゃん!!
「筋肉!!」
ティールから「体目当てか!」って酷い言いがかりをつけられたから僕は如何に筋肉が重要かを懇々と聞かせてやった。
買い物中も、帰り道も、それはもう熱烈に。お前の筋肉はまだまだだ!なんて難癖をつけてやりながら。
成り行きで僕達に付き添う羽目になったギフトは爆笑しててティールからはとてつもなく嫌そうな顔をされた。
僕が買った荷物をティールが全部持ってくれてたって気付いたのは店に帰って来てからで、慌ててお礼を言う僕と無茶苦茶感じ悪いティールを最後まで面白そうに見てたギフトは明日また話しよう、ってウインクと共に去って行った。
「オーナーただいま~!ねえ、ギフト帰って来てたよ」
「はあ?長期休暇にはまだ早いだろ」
「あはは、ティールと同じ事言ってる」
そんな仲良しだと僕ヤキモチ焼いちゃう!
ティールはパルヴァンの第三王子と恋仲になる予定だからオーナーに欠片も恋心なんてないだろう。
勿論第二の性が同じだから反発はしても惹かれ合う事は少ない筈だ。それにお互い年は親子程離れていなくても関係性はまんま親子、もしくは年の離れた兄って感じ。尊敬と畏怖が交じり合って、でも反抗するには頭が上がらないみたいな。
「ねぇねぇ、ティールはオーナーが育てたんだよね?ギフトは違うの?」
「あぁ、あいつは特殊なんだ。本来Dom寄りなんだがβのSwitchだから生粋のDomの側には置けなかった。特にティールは分化の時に制御が覚束なくてよく暴走させてな。ギフトがとばっちりでSubに切り替えられた事が何度かあって」
なるほど。それでティールみたいに明確にDom、って感じがしなかったのか。
Switchは相手に合わせてDomとSubが入れ替わってしまう。物語によっては「Switch」って言われると入れ替わる、とかあったけど確かこの小説では最初の説明で自身での切り替えの他に自分より強いDomからのグレアで入れ替わる、って書いてあった気がする。
α×Domからのグレアならβ×Switchのギフトには抗えなかっただろう。
「ギフトのSub化でティールの暴走も悪化するし、仕方なく離したんだ」
だからティールは安定するまで冒険者をやめたオーナーが開いたこの店で暮らしてたし、ギフトは騎士学校に入るまで安定したDomとSubしかいない教会で暮らしてたらしい。
「学校では大丈夫だったのかな」
「ん?ああ、抑制剤の効きも良いしあいつ自身切り替わらないように防御反応を取れるようになったからな。そうじゃなかったら騎士になんかさせてねぇ」
確かにギフトってなんていうか危うい魅力があると思う。僕みたいになよなよしてない騎士らしい体つき、なのに何故か色気があるというか。僕の好みではないけど、ああいうタイプを組み敷いて鳴かせたいって危ない奴とかいそうだもんな。
なんかそういう心配をされるギフトにちょっとだけ親近感が湧いてしまった。少なくとも同じ魔王を殺すかもしれない相手でもティールよりはギフトの方が好きだ。
「でも僕が一番好みなのはオーナーだからね~!」
「今そんな話してたか?」
心底わからない、みたいな顔もまた良し!!
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ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】魔王様は勇者激推し!
福の島
BL
魔国のいちばん高い城、その一番奥に鎮座するのは孤高の魔王…ではなく限りなく優しいホワイト社長だった。
日本から転生し、魔王になった社畜は天性のオタクで魔王の力というチート持ち。
この世界でも誰か推せないかなぁとか思っていると…
…居た、勇者だ!!!
元虐められっ子イケメン勇者×少し抜けてるオタク魔王
男性妊娠はおまけ❶から
またおまけ含めて1万字前後です。
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
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