上 下
66 / 67

ゼロではない限り

しおりを挟む
 食事の後アクアから聞いた話は想像を絶する実験の数々だった。
 魔術師を精霊師に、だなんて普通は出来ない。それを沢山の子供達を使って実験していたなんて。しかもそれを進めていたのが当時の国王、アクアの実父だったなんて本当にあり得ない。……いや、エゼルバルド伯爵も似たような物だから全くあり得ない話ではないだろうけれど。

「そもそもそんなに精霊師を増やしてどうするの?精霊国は皇国より精霊師が多いし、精霊師不足で困っているわけじゃなかったでしょ」

 精霊国は霊力を必要とする物が多く存在している。最近では霊力を必要としない道具も多く出て来ているけれど、国の中枢にある重要設備は未だ霊力を補填して動かしていると聞く。だから精霊師不足は国の存続に関わるだろう。でも現状精霊国には多くの精霊師達がいるし、確か前の人生でも今の時期霊力持ちの子供は多くいた筈だ。

「闇オークション会場で言ってただろ?精霊師を食べれば不老になる……」

「そんなバカな話を信じたっていうの!?」

 王ともあろうものがそんな世迷言を信じて多くの子供を犠牲にしたって?

「国王は高貴な血を継いでいたのに微弱な魔力しかなくてな。しかも兄上は霊力も高い上優秀だった。だから愚鈍な王は消し、新たな王を、と望まれている、と勝手な被害妄想を抱くようになった」

 自分の父親を赤の他人のように言うアクアは何の感情も浮かべていなかったけれど、本当は色々思う事もあるだろう。実験を最初に施されたのが3歳だったとしても解放される8歳までの5年間はきっと地獄のような日々だっただろうから。

「だから守るべき民だった精霊師の子供を連れ去るようになったんだ」

 不老になりいつまでも若々しい姿を保てば息子達と比べられる事もない。
 そんな幼稚で浅はかな考えで犯した罪をなかった事にし、その上で国王の願いを叶える為の手段を提示したのが海蛇だった。まず精霊国の身寄りのない子供達を引き取って実験し、皇国からも誘拐し、そしてアクアも。
 元々父親の陰に隠れる様に過ごしていた国王がその地位に就いたのも優秀な兄達が流行り病や事故で相次いで亡くなってしまった所為。それも彼の策略だったのでは、と疑われたが玉座で震えるばかりの彼には到底無理な話だ。
 立場の重さに怯えていた無能な王は徐々に傅かれる事に魅力を感じ傍若無人になっていった。そしてその地位を失う事を大いに恐れた。王という冠がなければ誰も自分を見てくれない、そんな子供のような主張を当然のように叫ぶ父を斬り捨てたのがアクアの兄で僕の良く知る精霊国の賢王だったそうだ。

「王の器じゃないのがわかっていたから伯父達のような教育も施されてなかった。適齢期になれば侯爵家の婿として迎えられる予定だったんだけどな」

 侯爵家の当主の座もその家のご令嬢が継ぐ事に決まっていたらしいから、婿という名の王権剥奪だったんだろう。能力のない王が治め混乱に陥りかけた精霊国を支えたのがジュストゥ公爵で、今でも現国王の相談役を務めている。

「海蛇の目的は一体何なの?」

 ただ元国王の願いを叶える為にしたわけではないだろう。

「奴らの目的は常闇の魔女の復活」

「……ユヴェーレンが魔女だって知らなかったって事?」

「いや、そうじゃない。魔女の力はまだ不完全だ。その力を完全に取り戻せるよう魔女が海蛇を動かしてるんだと思う」

 アクアが実験に使われた頃の目的は純粋に魔女復活の為、そして今は魔女の力を取り戻して完全に復活させる為。
 また精霊国から精霊師を誘拐し始めているのはアクア以外に後天的に精霊師の素養を身につけられた人がいない、もしくは少なかったからだろう。
 ふと帰る前に公女様が言った言葉が蘇る。

 ――前の人生でアクア様は亡くなっているかも知れないわ。だから、気を付けて


 ◇◇

 オスカーは荒天の中馬を走らせていた。時折鳴る轟音は雷が落ちる音だろう。本来ならあまり外に出たくない天気だけれど、護衛達も馬達も良く訓練されていて不満1つ零す事はない。
 冷たい雨に打たれながら出掛けに聞いたマルガレートの話を反芻する。

『アクア様は私の知る未来には一度も出て来ない。代わりに殿下とイグニス様が滅びに向かう皇国へ魔女退治にやってくるわ』
『イグニス様は今より成長していて大切な人を復讐を胸に皇国へやってくるの』
『勿論その大切な人がアクア様であるという確証はないわ。私の知る未来でイグニス様は今の恋人とは一緒にいないようだったからその方の可能性もあるでしょう』

 初めて出会った時は王城の庭だった。クレル公爵に連れられてやって来た彼女はまだほんの小さな子供で、オスカーを見てにっこり笑っていた。
 次に出会ったのは数週間前。愛らしかった子供は未来が分かるなんて言い出して、少し頭の弱い令嬢になってしまったんだな、と僅かに残念な気持ちになったけれど話してみれば妙に説得力のある事を言ってくるから興味が湧いた。
 その彼女が言ったサフィールの死の可能性。手綱を握る手に力が籠る。

『アクア様が普通に命を絶たれた所で絶望や恐怖、怒りを覚えるとは思えない。あの方なら仕方ない、と諦めて笑って逝かれる気がするの』
『前の人生で魔女は海蛇をアクア様の元に行かせたのではないかしら。あの方から絶望や怒りを引き出す事が出来るのは幼い頃のトラウマに関わる彼らしかいないわ』

 確かにそうだ。何でも飄々と流してしまうサフィールが唯一心を乱すのは海蛇に関わる事だけ。幼い頃の恐怖は今でも記憶の奥底に眠っている。

『テオドール殿下もどこかでそれを聞いたのかも知れない。アクア様をベリルから引き離す為に海蛇と手を組んで彼を魔女に捧げようとしている……。確証はないけれど、可能性がゼロではない限り警戒していた方が良いのではないかしら』
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

悪役令息の兄には全てが視えている

翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」 駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。 大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。 そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?! 絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。 僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。 けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?! これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。

弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです

BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。

メインキャラ達の様子がおかしい件について

白鳩 唯斗
BL
 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

悪役令嬢の双子の兄

みるきぃ
BL
『魅惑のプリンセス』というタイトルの乙女ゲームに転生した俺。転生したのはいいけど、悪役令嬢の双子の兄だった。

【完結】TL小説の悪役令息は死にたくないので不憫系当て馬の義兄を今日もヨイショします

七夜かなた
BL
前世はブラック企業に過労死するまで働かされていた一宮沙織は、読んでいたTL小説「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」の悪役令息ギャレット=モヒナートに転生してしまった。 よりによってヒロインでもなく、ヒロインを虐め、彼女に惚れているギャレットの義兄ジュストに殺されてしまう悪役令息に転生するなんて。 お金持ちの息子に生まれ変わったのはいいけど、モブでもいいから長生きしたい 最後にはギャレットを殺した罪に問われ、牢獄で死んでしまう。 小説の中では当て馬で不憫だったジュスト。 当て馬はどうしようもなくても、不憫さは何とか出来ないか。 小説を読んでいて、ハッピーエンドの主人公たちの影で不幸になった彼のことが気になっていた。 それならヒロインを虐めず、義兄を褒め称え、悪意がないことを証明すればいいのでは? そして義兄を慕う義弟を演じるうちに、彼の自分に向ける視線が何だか熱っぽくなってきた。 ゆるっとした世界観です。 身体的接触はありますが、濡れ場は濃厚にはならない筈… タイトルもしかしたら途中で変更するかも イラストは紺田様に有償で依頼しました。

処理中です...