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ふじん様
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翌日オークション会場にいた被害者の子供達は無事保護されて、半数の貴族は人身売買の罪で捕まり裏で手引きをしていた警備隊やクロレス伯爵も捕まったと世間は大騒ぎになった。残りはいち早く察して逃げてしまい、勿論テオドールもその場にはいなかったようだけど。
捕まった彼らは皇帝陛下の命で公正な裁判にかけられる予定だ。その裁判員もテオドール派の息がかかっていない清廉潔白な人物で、裁判が終わるまでの間手厚く保護されているらしい。テオドール派の貴族は皇城で守られていた第一王子を暗殺できるほど暗殺が得意だからそれを警戒しているのだろう。公女様の話が本当なら暗殺は失敗しているけれど、皇帝陛下は第一王子の死を疑っていなかったから。
クロレス伯爵領での事がテオドール派の耳に入ったのだろう。そこから皇都への道では大した事件もなく、僕達は無事に皇都に到着した。大きな門を抜けると、馬車が何台か行き違える広い石畳の道が広がる。真っすぐな道の向こうには皇城が堂々たる佇まいでそびえていて、そこに行くまでの間にある広場は僕にとって一番嫌な思い出が残る場所だ。
今は何もない広場には見えやすいように木で高台が作られていて、その上には不穏に光るギロチン台があった。皇城に近い方の道には皇族用の席が特別に用意されていて、日よけの傘の下で彼らは嗤っていた。ギロチン台の近くには大勢の市民が押しかけて口々に罵りの言葉を吐いていて、沢山の石が飛んできた。地面に倒れた所為で脱げた靴は最期まで履く事は出来なくて、裸足のまま僕にとっては灼熱のような地面を歩いたんだ。足の裏は焼け爛れて、直に日に当たった肌はジリジリと焼けていった。
いつも聞こえていた精霊達の声は新月だったから聞こえなくて、僕はたった一人。信じてくれる味方は誰もいない、世界中の全てが僕を憎んでいる、そんな中で終えた人生。
まだ鮮明に思い出せる最期の光景はあまりにも辛くて、この賑やかな喧噪が僕を責め立てた声と重なって頭がクラクラする。
「ベリル」
荷馬車の奥でじっと耳を塞いで息を殺してこの通りを抜けるのを待っている僕に御者台のアクアが声をかけてきたけれど、返事をする余裕はない。
僕がここで命を絶たれたのは25の時。もうすぐ18歳になる僕は7年後にここで死ぬ。そんな未来は来ない筈なのに頭に焼き付いた光景は簡単には消えてくれなくてただじっとしていた。最期の記憶が年々はっきりと蘇って来るのは僕の年がその瞬間に近付いているからだろう。その記憶に飲み込まれないように必死で抗うけれど、テオドールとの記憶と同じでまるで呪いのように染みついたそれは全然消えてくれない。
「ベリル」
ふわ、と頬に風があたって、ついでに肩を引き寄せられた事に驚いて耳から手を離してしまった。
「何」
よいしょ、なんて声を出しながらこの間の馬車でのように僕を横抱きにすると同じように上着で包んできた。微かに鼻腔を擽る甘いアンバーグリスの香りで波立っていた心がどうしてか凪いでいく。主張が強いわけでもないのにどこからかふわりと香るそれはここ最近気付いたアクアの香りだ。
こんな体臭が自然なわけはないから香水か何かなんだろう。だとしたら原料が鯨の内臓の中にあるコレは庶民の手に入る代物ではないし、家督を継げない貴族子息が手に入れられる代物でもない。
「あんた、本当は何者なの」
「ただの冒険者だって言ってるだろ」
「嘘ばっかり」
よしよし、と頭を撫でてくる手は子供か愛玩動物にでもするかのよう。もしくは初恋だったという本当の母親と僕を重ねているんだろうか。だとしたら迷惑な話だ。
その手を振り払おうとした時。
「尊……ッ」
突然聞こえた声に驚いてアクアの手に自分の手を重ねたまま固まってしまった。
「誰だ」
「ああ、ごめんなさい。私よ。マルガレートよ」
公女様?という僕らの声は見事に重なる。だって無理もない。目の前の人物はこの間会った公女様とは似ても似つかない姿をしていたから。
大きな丸眼鏡はその奥の黄色い瞳を小さく見せていて、両側で縄のようにおさげにした深緑の髪はバサバサで艶がない。そばかすの浮いた頬と小さな唇は少し血色が悪いし、着ている物も粗末な冒険者用の装備だ。年頃の男子学生の一部が騒いでいた豊かな胸もささやかな大きさになっている。声も少し掠れたようなハスキーな声だ。
「……公女様?」
「ええ、驚かせてごめんなさい。変装用の魔導具よ」
眼鏡を取ればその下からは本当に公女様の綺麗な顔が現れて、眼鏡をかけるとまた地味な少女に戻る。外見が全然違う人物になる魔道具があるなら地下劇場に行く前に僕にも貸して欲しかった。
「それより、あの……お邪魔だったかしら?」
「は?」
お邪魔?何が?と首を傾げ自分達の状態を良く見てみれば。
アクアの上に座ってその手に自分の手を重ねている僕と、僕を上に乗せて腰に腕を回しているアクア。どんな誤解をされたか理解してアクアの上から飛び降りる。
走っている荷馬車の上で動いたら危険だと二人がかりで座らされたけど。
「誤解ですから」
「ええ、ええ。わかっているわ」
「公女様?」
「わかっているわ。秘密の恋よね?」
「わかってないでしょ!秘密も何も、ただの誤解です!」
ええ、ええ。と目元を波立たせて怖いくらい笑顔になる公女様の頭の中でどんな物語が組まれているのか恐ろしくて聞きたくもない。アクアは面白がって否定してくれないし、いつの間にか御者台に現れた多分ニュクスと呼ばれてた護衛の男はイグニスと共に何か悟ったような気配をさせているし。
「少し見ない間に……なんて尊いんでしょう……腐神様、ありがとう」
ふじん、なんて神様の名前は聞いた事がなかったけれど、ひとまず公女様にはもう一度誤解です、と叫んでおいた。全く相手にされなかったけど。
捕まった彼らは皇帝陛下の命で公正な裁判にかけられる予定だ。その裁判員もテオドール派の息がかかっていない清廉潔白な人物で、裁判が終わるまでの間手厚く保護されているらしい。テオドール派の貴族は皇城で守られていた第一王子を暗殺できるほど暗殺が得意だからそれを警戒しているのだろう。公女様の話が本当なら暗殺は失敗しているけれど、皇帝陛下は第一王子の死を疑っていなかったから。
クロレス伯爵領での事がテオドール派の耳に入ったのだろう。そこから皇都への道では大した事件もなく、僕達は無事に皇都に到着した。大きな門を抜けると、馬車が何台か行き違える広い石畳の道が広がる。真っすぐな道の向こうには皇城が堂々たる佇まいでそびえていて、そこに行くまでの間にある広場は僕にとって一番嫌な思い出が残る場所だ。
今は何もない広場には見えやすいように木で高台が作られていて、その上には不穏に光るギロチン台があった。皇城に近い方の道には皇族用の席が特別に用意されていて、日よけの傘の下で彼らは嗤っていた。ギロチン台の近くには大勢の市民が押しかけて口々に罵りの言葉を吐いていて、沢山の石が飛んできた。地面に倒れた所為で脱げた靴は最期まで履く事は出来なくて、裸足のまま僕にとっては灼熱のような地面を歩いたんだ。足の裏は焼け爛れて、直に日に当たった肌はジリジリと焼けていった。
いつも聞こえていた精霊達の声は新月だったから聞こえなくて、僕はたった一人。信じてくれる味方は誰もいない、世界中の全てが僕を憎んでいる、そんな中で終えた人生。
まだ鮮明に思い出せる最期の光景はあまりにも辛くて、この賑やかな喧噪が僕を責め立てた声と重なって頭がクラクラする。
「ベリル」
荷馬車の奥でじっと耳を塞いで息を殺してこの通りを抜けるのを待っている僕に御者台のアクアが声をかけてきたけれど、返事をする余裕はない。
僕がここで命を絶たれたのは25の時。もうすぐ18歳になる僕は7年後にここで死ぬ。そんな未来は来ない筈なのに頭に焼き付いた光景は簡単には消えてくれなくてただじっとしていた。最期の記憶が年々はっきりと蘇って来るのは僕の年がその瞬間に近付いているからだろう。その記憶に飲み込まれないように必死で抗うけれど、テオドールとの記憶と同じでまるで呪いのように染みついたそれは全然消えてくれない。
「ベリル」
ふわ、と頬に風があたって、ついでに肩を引き寄せられた事に驚いて耳から手を離してしまった。
「何」
よいしょ、なんて声を出しながらこの間の馬車でのように僕を横抱きにすると同じように上着で包んできた。微かに鼻腔を擽る甘いアンバーグリスの香りで波立っていた心がどうしてか凪いでいく。主張が強いわけでもないのにどこからかふわりと香るそれはここ最近気付いたアクアの香りだ。
こんな体臭が自然なわけはないから香水か何かなんだろう。だとしたら原料が鯨の内臓の中にあるコレは庶民の手に入る代物ではないし、家督を継げない貴族子息が手に入れられる代物でもない。
「あんた、本当は何者なの」
「ただの冒険者だって言ってるだろ」
「嘘ばっかり」
よしよし、と頭を撫でてくる手は子供か愛玩動物にでもするかのよう。もしくは初恋だったという本当の母親と僕を重ねているんだろうか。だとしたら迷惑な話だ。
その手を振り払おうとした時。
「尊……ッ」
突然聞こえた声に驚いてアクアの手に自分の手を重ねたまま固まってしまった。
「誰だ」
「ああ、ごめんなさい。私よ。マルガレートよ」
公女様?という僕らの声は見事に重なる。だって無理もない。目の前の人物はこの間会った公女様とは似ても似つかない姿をしていたから。
大きな丸眼鏡はその奥の黄色い瞳を小さく見せていて、両側で縄のようにおさげにした深緑の髪はバサバサで艶がない。そばかすの浮いた頬と小さな唇は少し血色が悪いし、着ている物も粗末な冒険者用の装備だ。年頃の男子学生の一部が騒いでいた豊かな胸もささやかな大きさになっている。声も少し掠れたようなハスキーな声だ。
「……公女様?」
「ええ、驚かせてごめんなさい。変装用の魔導具よ」
眼鏡を取ればその下からは本当に公女様の綺麗な顔が現れて、眼鏡をかけるとまた地味な少女に戻る。外見が全然違う人物になる魔道具があるなら地下劇場に行く前に僕にも貸して欲しかった。
「それより、あの……お邪魔だったかしら?」
「は?」
お邪魔?何が?と首を傾げ自分達の状態を良く見てみれば。
アクアの上に座ってその手に自分の手を重ねている僕と、僕を上に乗せて腰に腕を回しているアクア。どんな誤解をされたか理解してアクアの上から飛び降りる。
走っている荷馬車の上で動いたら危険だと二人がかりで座らされたけど。
「誤解ですから」
「ええ、ええ。わかっているわ」
「公女様?」
「わかっているわ。秘密の恋よね?」
「わかってないでしょ!秘密も何も、ただの誤解です!」
ええ、ええ。と目元を波立たせて怖いくらい笑顔になる公女様の頭の中でどんな物語が組まれているのか恐ろしくて聞きたくもない。アクアは面白がって否定してくれないし、いつの間にか御者台に現れた多分ニュクスと呼ばれてた護衛の男はイグニスと共に何か悟ったような気配をさせているし。
「少し見ない間に……なんて尊いんでしょう……腐神様、ありがとう」
ふじん、なんて神様の名前は聞いた事がなかったけれど、ひとまず公女様にはもう一度誤解です、と叫んでおいた。全く相手にされなかったけど。
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