上 下
45 / 67

本当の母親は

しおりを挟む
 御者の服装に変わったイグニスが引いてきた馬車に乗って会場を後にする。途中入れ替わりで騎士団を見かけたからきっとあの子達は今回は助かる筈だ。
 馬車の座席にご令嬢にしてはだらしなくヒールを脱ぎ捨て片足を立てて寝転がる。めくれあがったスカートを直す気力もない。

「大丈夫か?」

 さりげなく足に上着をかけてくるアクアに返事をする余裕もない。口を開いたら吐いてしまいそうだ。だから黙って腕で顔を隠したらそれ以上アクアが声をかけてくる事もなく、ただ馬車の車輪の音とガタガタ揺れる音だけが耳に入って来る。

 ――消えた精霊の愛し子をね

 テオドールの声が脳裏を過ってギュッと拳を握った。
 本当に僕を捜してるんだ。この時期テオドールはまだ学生の筈。だけどこの頃には既にユヴェーレンとの仲は深まっていたと思うから、これもまたユヴェーレンが関わっているんだろう。今の僕とテオドールには何の関りもないし、僕を知らないテオドールが個人の理由で僕を捜す筈ない。

 ――不老の秘薬

 僕の耳には入らなかったけれど、実際精霊師が誘拐されて殺されていたのならきっと前の人生でも同じ扱いを受けていただろう。同じ人間に食材として殺されるだなんてどれだけの恐怖と絶望を感じながら死んでいったのか。魔女の食事が負の感情に乱れた精霊師の魂なら確かに効率のいいやり方かも知れない。この腐敗した皇国の貴族を動かすには更なる繁栄を求めさせるのが手っ取り早いから。現にあの場にいたほとんどの貴族がオークションに参加していた。ギラギラと欲に塗れた声色は簡単には記憶から消えてくれそうにもない。

(皇帝陛下がまだ生きている“今”でもこれだから……)

 テオドールが皇帝になった後にはもっと大々的に行われていたのかも知れない。
 だったら騎士団にはどうしてその情報が入らなかったんだろう。騎士団は“皇帝”に従属する組織だ。皇帝陛下が亡くなった後はテオドールがその主になった筈なのに。

「第一王子……」

 確かテオドールより4つ年上で、僕が皇城に行く前に暗殺されていたから出会った事はない。

「公女様の依頼、受けるか?」

 僕の呟きが聞こえたんだろう。それまで黙っていたアクアが静かに問いかけてきた。
 公女様は僕達に国境を超える許可証が発行されるまででもいいから手を貸して欲しいと言っていた。クレル公爵家が疑われたら元も子もないから公女様自身が大々的に動く事は難しいだろう。その為に動く駒は必要な筈だ。

「あんた達がそれでいいなら……受ける」

 前の人生でも僕の知らない所でこうやって多くの精霊師達を絶望の末に殺して来たのだったら、僕はそれを止めたい。僕らの命は僕らの物だ。誰かの好きなようにされる為に生きてるんじゃないから。
 それにあの場にテオドールがいた事で確信した。テオドールは今回の人生でもユヴェーレンの為に動いていて、そのまま皇帝になってしまえばこの国は緩やかに滅びてしまう。第一王子がどんな人物かなんてわからないけれど、彼を捜し出してテオドール達を止めないといずれ事実を知った精霊国が皇国に攻め込まないという保証はない。戦争になったらあの国境近い村は真っ先に戦場と化してしまう。
 ただ第一王子が善人だなんて保証はどこにもないから、もしも彼もまた権力に狂った人間だったのならその時は精霊師は皇国に入らないように、皇国の人間は精霊国に入らないようにするしかないだろう。

「なら公女様にはそう返事をしよう」

 悪路に入ってがたん、と馬車が大きく揺れて流石に寝転がっていられずに起き上がった僕の腕をアクアの手が引いた。

「何?」

「いいから」

 引かれるまま側に寄ったら腿の上に横抱きに乗せられて思わず胡乱な目を向けてしまう。

「こういうのってご令嬢なら悲鳴を上げる所だよね」

「頬を染めて寄りかかる所だろ」

「馬鹿じゃないの」

 またもがたん、と大きく揺れた所為でアクアの言う通り肩に凭れる体勢になってしまって、イグニスがわざと揺らしたんじゃないかとすら思った。しかもそのまま腰に回した腕が離れないしついでに膝にかけてあった上着を肩にかけられてしまえば見た目は完全に寄り添う男女だ。

「扇で殴られても文句言えないから」

「そう?ご令嬢に殴られるなんてご褒美だろ」

「あんた馬鹿じゃなくて変態の方?」

 僕の言い草にクスクスと楽し気に笑っているアクアの顔を見上げて、ふと思った。

 ――その顔、そっくりだから

 そう切なげに言ったあの言葉。

「……僕の本当の母親はどうして僕を捨てたの」

 脈絡のない問いに一瞬僕の顔を見下ろしたアクアは少しの逡巡の後それくらいならいいか、と答えてくれる。

「捨てたわけじゃないし、彼女の意志でもなかったよ。彼女が知らない間にベリルはエゼルバルド伯爵家に連れて行かれてたんだそうだ」

「その頃はあんたもまだ子供でしょ。どうしてそれが事実だってわかるの」

「……そんな事を平気でしそうな相手だったからな。彼女から赤子を取り上げた奴もエゼルバルド伯爵も」

「伯爵を知ってるの?」

「直に知ってるわけじゃないけど、まあこんな仕事してると他人の裏事情なんて簡単に耳に入るんだよ」

「あんたはどうして僕の母親の事を信じるの?」

「何だ、今日はえらく質問攻めだな?」

 またがたん、と揺れた衝撃から庇うように腕に力が籠って首元につけた耳の奥でトクトクと命を刻む音がする。何となく触れた僕の首からも同じように拍動は聞こえて来てしばらくその音に耳を澄ませていると。

「初恋だった」

「え?」

「ベリルの本当の母親は俺にとっての初恋の貴婦人だったから」

「だから全面的に信じるの?あんたその内ハニートラップで自滅するんじゃない?」

 僕の言葉にアクアは呵々と笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

コレは流行りの転生ですか?〜どうやら輪廻転生の方でした〜

誉雨
BL
知っている様で知らない世界。 異世界転生かと思ったが、前世どころか今世の記憶も無い。 気付けば幼児になって森に1人。 そんな主人公が周りにめちゃくちゃ可愛がられながら、ほのぼのまったり遊びます! CPは固定ですが、まだまだ先です。 初作品で見切り発車しました。 更新はのろのろです。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕が獣人彼氏に堕ちるまでの話〜

月咲やまな
BL
 ルプス王国に、王子として“孕み子(繁栄を内に孕む者)”と呼ばれる者が産まれた。孕み子は内に秘めた強大な魔力と、大いなる者からの祝福をもって国に繁栄をもたらす事が約束されている。だがその者は、同時に呪われてもいた。  呪いを克服しなければ、繁栄は訪れない。  呪いを封じ込める事が出来る者は、この世界には居ない。そう、この世界には——  アルバイトの帰り道。九十九柊也(つくもとうや)は公園でキツネみたいな姿をしたおかしな生き物を拾った。「腹が減ったから何か寄越せ」とせっつかれ、家まで連れて行き、食べ物をあげたらあげたで今度は「お礼をしてあげる」と、柊也は望まずして異世界へ飛ばされてしまった。 「無理です!能無しの僕に世界なんか救えませんって!ゲームじゃあるまいし!」  言いたい事は山の様にあれども、柊也はルプス王国の領土内にある森で助けてくれた狐耳の生えた獣人・ルナールという青年と共に、逢った事も無い王子の呪いを解除する為、時々モブキャラ化しながらも奔走することとなるのだった。  ○獣耳ありお兄さんと、異世界転移者のお話です。  ○執着系・体格差・BL作品 【R18】作品ですのでご注意下さい。 【関連作品】  『古書店の精霊』 【第7回BL小説大賞:397位】 ※2019/11/10にタイトルを『インバーション・カース』から変更しました。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

処理中です...