29 / 67
世界の強制力は働いている
しおりを挟む
思わず大声を出してしまった僕を宥める様に一度微笑んだ公女様は、一呼吸おくと再びきゅ、っと眉を寄せて言葉を続けた。
「私が知る未来はいくつかあるけれど、そこに繋がる全てに貴方の死があるわ」
公女様曰く、テオドールの婚約者。僕の死。この2つは切り離せない物――だったらしい。
「貴方がテオドール殿下の婚約者になるのは必然だった。けれど、私が未来を知ってから今日まで貴方が殿下の前に現れた事はなかったわね」
「もう、二度と……会いたくありませんから」
「私の知る未来の貴方は国の事を考え、そして殿下の事をとても愛していらしたわ。そんな貴方が殿下の側にいない……だから私は貴方も私と同じ、未来を知っている者だと思ったの。そして数ある未来の中、貴方が一番酷い方法で殿下に裏切られたのだと思ったわ」
僕が知る未来は1つしかない。
濡れ衣を着せられ、尊厳を奪われ、そして殺された、あの未来しか。
けれど公女様は他にも未来があったのだと言う。もし僕がもっとうまく立ち回れたなら、もっとマシな未来があったのだろうか。今となっては何も関係のない事だけれど。
「もし貴方の死が他の物だったのなら、貴方は過去をやり直したとしてもきっと殿下のお側を離れなかったでしょう」
「……そんな事は……」
ない、と言い切れなくて口を噤む。
確かに盲目的にテオドールしか見ていなかった僕は、もしあの死に方ではなくもっと救いのある死に方をしていたらせっかくやり直した人生でもまたテオドールの側にいたかも知れない。今度こそ死なないように、でもまた側妃になってあんな扱いをされるのは悲しいから婚約者にはならず、ただの側近として。そして公女様の言葉を信じるのなら、また同じようにテオドールに殺されていたかも知れない。それくらい、前の人生の僕は愚かだったから。
「僕が何故過去に戻ったのか、公女様はご存じですか?」
「確証はないけれど、仮説はあるの。貴方が処刑されたあの日、新月が終わって精霊王達が皇国を滅ぼした――その時に愛し子の貴方を救う為に精霊の秘術を使ったのではないかしら」
千年に一度、死者を蘇らせる事の出来る精霊達の秘術。その後数百年6大精霊王の霊力が半減してしまう為過去を遡っても精霊王達が死者を蘇らせた記録はないという。
それを僕の為に使った――?
「もう一度言うけれど確証はないわ。精霊達も教えてはくれないでしょう?」
きっと上位精霊達ですら知らないだろう秘術だ。精霊王以外の精霊達は真相を知らないだろうし、何より一度消滅してしまったリーには消えてしまう前の記憶はなかった。僕だけが過去をやり直しているのならば今ここに存在する精霊達は何も知らないだろう。恐らく精霊王達は知っているだろうけれど、それを聞く為だけに喚び出していい存在ではない。
「理由はどうあれ、せっかく助かった命よ。今度は貴方自身の幸せを追うべきではなくて?」
「……でも僕は死ぬ運命にあるのでは?」
「そうね。私が知る未来では、そう。――けれど貴方は殿下から離れ、殿下の婚約者という決まっていた道から外れたわ」
外で雷がなってびくり、と肩を揺らすと公女様は小さく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。ユヴェーレンなんかより、余程聖女のような微笑みだ。
思えば前の人生で一度も話す事のなかった公女様と今こうして向き合っている事自体不思議で仕方ない。
「貴方は死に向かうはずだったこの村の住人を救った。世界の強制力は働いたわ。他の地区では私が知る未来と同じ時期に病は流行ったの。私もその未来に備えて、被害はかなり食い止めたと思うのだけれど」
完全に食い止められたのは僕がいるこの村だけだった、と。しかも魔物避けの柵について小領主であるダンゼン子爵が相談してきたり、ずっと独身を貫いた子爵が結婚したり、何よりも学園にも、エゼルバルド伯爵家にも僕がいないという公女様の知る未来と違う事が起こった。
「だから私は未来を知る貴方がこの村にいるのではないか、と思ったの。この村は――前の人生で貴方の大切な乳母が亡くなった場所でしょう?」
「……本当に全て知っているんですね」
「きっと貴方が知らない事も私は知っているわ」
例えばそうね、と頬に手を当てる公女様がまた稲光で光った外を一瞬見て、微笑む。
「ところで先程から気になっていたのだけれど、お外の方はお知り合いかしら?」
「外?」
窓から外を見るけれど、僕の目には何も映らない。でも1つ可能性を思いついて、思わず苦虫を嚙み潰したような顔になってしまう。
だってこんな荒天にわざわざ僕について来そうな人の心当たりなんて、1つしかない。トムじいさんやカカ母さんも心配はしてくれてただろうけれど、いくら2人が元冒険者だからってこんな雨の中ついて来たりしないだろう。それもこっそりと、だなんてありえない。
きっとアクア達だ。
「――ただの不審者だから気にしなくていいと思います」
「あら……不審者?警備兵は村に配備されていなかったかしら?」
「いますけど、不審なだけですから」
まだ何か犯罪を犯したわけではない。いや、人の後をこっそり付けてきたんだとしたらそれを理由に警備兵に突き出せないだろうか。
「こちらのお話を聞いていたとしたら、一度ここへお招きしなければいけないわ。――ニュクス」
「手練れのようです。やり合ったら傷を負います」
ニュクスと呼ばれた護衛の男はフルフルと首を横に振って、公女様は頬に手を当てたまま色付く唇から小さな吐息をつく。
「そうね。なら……アレキサンドリート様、人質になってくださる?」
にっこり笑いながらも有無を言わせない口調はどこかアクアに似ていた。
「私が知る未来はいくつかあるけれど、そこに繋がる全てに貴方の死があるわ」
公女様曰く、テオドールの婚約者。僕の死。この2つは切り離せない物――だったらしい。
「貴方がテオドール殿下の婚約者になるのは必然だった。けれど、私が未来を知ってから今日まで貴方が殿下の前に現れた事はなかったわね」
「もう、二度と……会いたくありませんから」
「私の知る未来の貴方は国の事を考え、そして殿下の事をとても愛していらしたわ。そんな貴方が殿下の側にいない……だから私は貴方も私と同じ、未来を知っている者だと思ったの。そして数ある未来の中、貴方が一番酷い方法で殿下に裏切られたのだと思ったわ」
僕が知る未来は1つしかない。
濡れ衣を着せられ、尊厳を奪われ、そして殺された、あの未来しか。
けれど公女様は他にも未来があったのだと言う。もし僕がもっとうまく立ち回れたなら、もっとマシな未来があったのだろうか。今となっては何も関係のない事だけれど。
「もし貴方の死が他の物だったのなら、貴方は過去をやり直したとしてもきっと殿下のお側を離れなかったでしょう」
「……そんな事は……」
ない、と言い切れなくて口を噤む。
確かに盲目的にテオドールしか見ていなかった僕は、もしあの死に方ではなくもっと救いのある死に方をしていたらせっかくやり直した人生でもまたテオドールの側にいたかも知れない。今度こそ死なないように、でもまた側妃になってあんな扱いをされるのは悲しいから婚約者にはならず、ただの側近として。そして公女様の言葉を信じるのなら、また同じようにテオドールに殺されていたかも知れない。それくらい、前の人生の僕は愚かだったから。
「僕が何故過去に戻ったのか、公女様はご存じですか?」
「確証はないけれど、仮説はあるの。貴方が処刑されたあの日、新月が終わって精霊王達が皇国を滅ぼした――その時に愛し子の貴方を救う為に精霊の秘術を使ったのではないかしら」
千年に一度、死者を蘇らせる事の出来る精霊達の秘術。その後数百年6大精霊王の霊力が半減してしまう為過去を遡っても精霊王達が死者を蘇らせた記録はないという。
それを僕の為に使った――?
「もう一度言うけれど確証はないわ。精霊達も教えてはくれないでしょう?」
きっと上位精霊達ですら知らないだろう秘術だ。精霊王以外の精霊達は真相を知らないだろうし、何より一度消滅してしまったリーには消えてしまう前の記憶はなかった。僕だけが過去をやり直しているのならば今ここに存在する精霊達は何も知らないだろう。恐らく精霊王達は知っているだろうけれど、それを聞く為だけに喚び出していい存在ではない。
「理由はどうあれ、せっかく助かった命よ。今度は貴方自身の幸せを追うべきではなくて?」
「……でも僕は死ぬ運命にあるのでは?」
「そうね。私が知る未来では、そう。――けれど貴方は殿下から離れ、殿下の婚約者という決まっていた道から外れたわ」
外で雷がなってびくり、と肩を揺らすと公女様は小さく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。ユヴェーレンなんかより、余程聖女のような微笑みだ。
思えば前の人生で一度も話す事のなかった公女様と今こうして向き合っている事自体不思議で仕方ない。
「貴方は死に向かうはずだったこの村の住人を救った。世界の強制力は働いたわ。他の地区では私が知る未来と同じ時期に病は流行ったの。私もその未来に備えて、被害はかなり食い止めたと思うのだけれど」
完全に食い止められたのは僕がいるこの村だけだった、と。しかも魔物避けの柵について小領主であるダンゼン子爵が相談してきたり、ずっと独身を貫いた子爵が結婚したり、何よりも学園にも、エゼルバルド伯爵家にも僕がいないという公女様の知る未来と違う事が起こった。
「だから私は未来を知る貴方がこの村にいるのではないか、と思ったの。この村は――前の人生で貴方の大切な乳母が亡くなった場所でしょう?」
「……本当に全て知っているんですね」
「きっと貴方が知らない事も私は知っているわ」
例えばそうね、と頬に手を当てる公女様がまた稲光で光った外を一瞬見て、微笑む。
「ところで先程から気になっていたのだけれど、お外の方はお知り合いかしら?」
「外?」
窓から外を見るけれど、僕の目には何も映らない。でも1つ可能性を思いついて、思わず苦虫を嚙み潰したような顔になってしまう。
だってこんな荒天にわざわざ僕について来そうな人の心当たりなんて、1つしかない。トムじいさんやカカ母さんも心配はしてくれてただろうけれど、いくら2人が元冒険者だからってこんな雨の中ついて来たりしないだろう。それもこっそりと、だなんてありえない。
きっとアクア達だ。
「――ただの不審者だから気にしなくていいと思います」
「あら……不審者?警備兵は村に配備されていなかったかしら?」
「いますけど、不審なだけですから」
まだ何か犯罪を犯したわけではない。いや、人の後をこっそり付けてきたんだとしたらそれを理由に警備兵に突き出せないだろうか。
「こちらのお話を聞いていたとしたら、一度ここへお招きしなければいけないわ。――ニュクス」
「手練れのようです。やり合ったら傷を負います」
ニュクスと呼ばれた護衛の男はフルフルと首を横に振って、公女様は頬に手を当てたまま色付く唇から小さな吐息をつく。
「そうね。なら……アレキサンドリート様、人質になってくださる?」
にっこり笑いながらも有無を言わせない口調はどこかアクアに似ていた。
4
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
コレは流行りの転生ですか?〜どうやら輪廻転生の方でした〜
誉雨
BL
知っている様で知らない世界。
異世界転生かと思ったが、前世どころか今世の記憶も無い。
気付けば幼児になって森に1人。
そんな主人公が周りにめちゃくちゃ可愛がられながら、ほのぼのまったり遊びます!
CPは固定ですが、まだまだ先です。
初作品で見切り発車しました。
更新はのろのろです。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕が獣人彼氏に堕ちるまでの話〜
月咲やまな
BL
ルプス王国に、王子として“孕み子(繁栄を内に孕む者)”と呼ばれる者が産まれた。孕み子は内に秘めた強大な魔力と、大いなる者からの祝福をもって国に繁栄をもたらす事が約束されている。だがその者は、同時に呪われてもいた。
呪いを克服しなければ、繁栄は訪れない。
呪いを封じ込める事が出来る者は、この世界には居ない。そう、この世界には——
アルバイトの帰り道。九十九柊也(つくもとうや)は公園でキツネみたいな姿をしたおかしな生き物を拾った。「腹が減ったから何か寄越せ」とせっつかれ、家まで連れて行き、食べ物をあげたらあげたで今度は「お礼をしてあげる」と、柊也は望まずして異世界へ飛ばされてしまった。
「無理です!能無しの僕に世界なんか救えませんって!ゲームじゃあるまいし!」
言いたい事は山の様にあれども、柊也はルプス王国の領土内にある森で助けてくれた狐耳の生えた獣人・ルナールという青年と共に、逢った事も無い王子の呪いを解除する為、時々モブキャラ化しながらも奔走することとなるのだった。
○獣耳ありお兄さんと、異世界転移者のお話です。
○執着系・体格差・BL作品
【R18】作品ですのでご注意下さい。
【関連作品】
『古書店の精霊』
【第7回BL小説大賞:397位】
※2019/11/10にタイトルを『インバーション・カース』から変更しました。
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる