26 / 67
何か知ってるかも
しおりを挟む
ユヴェーレンの実家、マジェラン侯爵家。僕にとって聞くだけで最低な気分になる名だ。
重たい雲はついに雨粒を落とし始め、外はあっという間にまた夜中のような土砂降りになった。その雨の音で思い出すのはやっぱり前の人生での事だ。
地下牢に繋がれた僕にユヴェーレンはいつもの聖女面ではなく、醜く歪んだ笑顔で言った。
――残念だったわね、アレク。テオ様は私の方を愛してらっしゃるんですって。だから貴方の言い分はお聞きにならないし、私の話は全部信じて下さるのよ。
――私のカップに誰が毒を入れたか、精霊師の貴方なら知っているのでしょう?精霊達は嘘をつかないものね。だから答え合わせをしましょう。
クスクスと笑う、その声が酷く耳障りだった。
もう頭が痛くて、体中悲鳴を上げていて、何より傷ついた心が限界を訴えていた。
――精霊達はこう言ったのではなくて?一時的に仮死状態になるハルルの根を使った毒で、カップに入れたのは私だ、って。
耳を劈くような笑い声を上げ、目尻に浮かんだ涙を拭う。
――ああ、可笑しい。他に精霊師がいたら一方的に貴方が責められる事はなかったでしょうに、本当に残念な事ね。貴方は一人ぼっち。誰にも信じて貰えず、誰からも愛されず惨めに死んでいくの。
――さようなら、アレク。貴方の絶望はどんな味がするのか楽しみにしているわ。
クスクスと笑いながら去っていくあの後ろ姿は今でも夢に見る。
テオドール。ユヴェーレン。オブシディアン。エゼルバルド伯爵家の家族。罵声と嘲笑と暴力。目の前が真っ暗になる感覚はここ最近の雨の日馴染になりつつある。
だからドアがトントンとノックの音を響かせた時、ハッと視界が拓けて、同時に不安になった。
この土砂降りでクレルの公女様を不憫に思った誰かがこの家を教えたかと思ったから。でも直ぐそんな村人はいない事を思い出して、それでもそっと覗き窓から覗くと。
「お~い、さっきぶり~。少年まだ起きてるんだって?開けてくれ~」
「アクア?」
今度は宿屋から傘を借りたらしい二人がそこに立っていた。
「何?僕今から寝るんだけど」
本当は不安で寝られるわけないけれど、そう言っておけば帰るだろうと思って。
クレル家の公女様が言った「マジェラン侯爵家が動いている」っていう話と、僕を「今度こそ」死なせたくないっていう言葉が気になって、夜にまた来るならどこか別の場所で話をしようと思ったんだ。
今度こそ、というのなら公女様は僕の身に起きた事を何か知っているのかも知れない。元々彼女は天才とも呼べるご令嬢で、その魔力量も皇国随一とも言われていた筈だ。そんな彼女だからこそ僕の身に起きた不思議な事について何かわかるかも。ただ公女様が僕をどうしたいのかわからない以上家を知られたくないから場所は村の外にしたいけど。
その為にはアクア達には帰ってもらわないと。このタイミングで来たっていう事は、さっきの騒ぎを聞いて僕の事が気になったから来たんだろう。正直アクア達の事だっていまいち良くわかってないし、公女様もアクア達も無条件に信用するわけにはいかないから。
「さっきの、聞いてたんだろ?」
「聞いてたけど僕には関係ない」
「じゃあ会いに行かない?」
「行くわけないでしょ。だから帰って」
しばらく続いた沈黙の後で、そうか、と小さな呟きが聞こえてドア越しに遠ざかっていく足音がした。
◇◇
「さて、じゃあ行きますかね」
明け方まで起きていて日中は仮眠をとって陽の光が落ち、外が完全に暗闇になった頃。それより少し前に目を覚ましていたアクアが大きく伸びをしてイグニスを振り返る。
「見つかったら怒りそうですが」
「その時はその時」
「不審者と罵られませんか」
「すでに不審者だから問題ない」
問題はアレキサンドリートを捜しに来た彼女だ。
アクア達がアレキサンドリートを見つけたのは本当にただの偶然である。一旦国へ帰る為に国境へ向かうついでにまだ立ち寄っていなかった小さな村に寄ってみただけ。
しかし彼女は最初からここにアレキサンドリートがいると確信しているようだった。クレル家のご令嬢と言えば皇太子の婚約者候補にも名前が挙がっている筈。そんなご令嬢が何故アレキサンドリートを捜しているのか真意を確かめなければならない。
「まさかあのか弱そうなご令嬢がシルヴェスター皇国の精霊師殺し主犯だとは思いたくないが、俺達以上に不審じゃないか」
「否定はしませんが……わざわざ目立つ真似をするでしょうか」
「するわけがない、という思い込みを利用するのは良くある手口だろう」
そして恐らくあの少年もまた疑いながら彼女の元に行くのだろう。万が一彼女が精霊師殺しの一味だった場合を考えてベリルと名乗る彼を守れる位置にいなくてはいけない。基本魔術師よりも上位に位置する精霊師だ。しかも色持たずの彼ならば襲われても自分で何とか出来るだろうけれど。
「また倒れてそのまま連れ去られでもしたら大変だしな」
あの森で魔獣を退治して少し話をして、雨が降り出すと同時に急に無言になってしまったベリルは家に着いた途端に倒れてしまった。ひょっこり出てきた光の精霊リーに訊けば、ベリルは雨の日が嫌いだから頭が痛かったのかも~、でもその内起きるよ~、と何とも暢気な答えが返って来たのだけれど。
諜報用の隠匿スキルを付加したマントを羽織ると二人は雨の暗闇の中へと出た。
重たい雲はついに雨粒を落とし始め、外はあっという間にまた夜中のような土砂降りになった。その雨の音で思い出すのはやっぱり前の人生での事だ。
地下牢に繋がれた僕にユヴェーレンはいつもの聖女面ではなく、醜く歪んだ笑顔で言った。
――残念だったわね、アレク。テオ様は私の方を愛してらっしゃるんですって。だから貴方の言い分はお聞きにならないし、私の話は全部信じて下さるのよ。
――私のカップに誰が毒を入れたか、精霊師の貴方なら知っているのでしょう?精霊達は嘘をつかないものね。だから答え合わせをしましょう。
クスクスと笑う、その声が酷く耳障りだった。
もう頭が痛くて、体中悲鳴を上げていて、何より傷ついた心が限界を訴えていた。
――精霊達はこう言ったのではなくて?一時的に仮死状態になるハルルの根を使った毒で、カップに入れたのは私だ、って。
耳を劈くような笑い声を上げ、目尻に浮かんだ涙を拭う。
――ああ、可笑しい。他に精霊師がいたら一方的に貴方が責められる事はなかったでしょうに、本当に残念な事ね。貴方は一人ぼっち。誰にも信じて貰えず、誰からも愛されず惨めに死んでいくの。
――さようなら、アレク。貴方の絶望はどんな味がするのか楽しみにしているわ。
クスクスと笑いながら去っていくあの後ろ姿は今でも夢に見る。
テオドール。ユヴェーレン。オブシディアン。エゼルバルド伯爵家の家族。罵声と嘲笑と暴力。目の前が真っ暗になる感覚はここ最近の雨の日馴染になりつつある。
だからドアがトントンとノックの音を響かせた時、ハッと視界が拓けて、同時に不安になった。
この土砂降りでクレルの公女様を不憫に思った誰かがこの家を教えたかと思ったから。でも直ぐそんな村人はいない事を思い出して、それでもそっと覗き窓から覗くと。
「お~い、さっきぶり~。少年まだ起きてるんだって?開けてくれ~」
「アクア?」
今度は宿屋から傘を借りたらしい二人がそこに立っていた。
「何?僕今から寝るんだけど」
本当は不安で寝られるわけないけれど、そう言っておけば帰るだろうと思って。
クレル家の公女様が言った「マジェラン侯爵家が動いている」っていう話と、僕を「今度こそ」死なせたくないっていう言葉が気になって、夜にまた来るならどこか別の場所で話をしようと思ったんだ。
今度こそ、というのなら公女様は僕の身に起きた事を何か知っているのかも知れない。元々彼女は天才とも呼べるご令嬢で、その魔力量も皇国随一とも言われていた筈だ。そんな彼女だからこそ僕の身に起きた不思議な事について何かわかるかも。ただ公女様が僕をどうしたいのかわからない以上家を知られたくないから場所は村の外にしたいけど。
その為にはアクア達には帰ってもらわないと。このタイミングで来たっていう事は、さっきの騒ぎを聞いて僕の事が気になったから来たんだろう。正直アクア達の事だっていまいち良くわかってないし、公女様もアクア達も無条件に信用するわけにはいかないから。
「さっきの、聞いてたんだろ?」
「聞いてたけど僕には関係ない」
「じゃあ会いに行かない?」
「行くわけないでしょ。だから帰って」
しばらく続いた沈黙の後で、そうか、と小さな呟きが聞こえてドア越しに遠ざかっていく足音がした。
◇◇
「さて、じゃあ行きますかね」
明け方まで起きていて日中は仮眠をとって陽の光が落ち、外が完全に暗闇になった頃。それより少し前に目を覚ましていたアクアが大きく伸びをしてイグニスを振り返る。
「見つかったら怒りそうですが」
「その時はその時」
「不審者と罵られませんか」
「すでに不審者だから問題ない」
問題はアレキサンドリートを捜しに来た彼女だ。
アクア達がアレキサンドリートを見つけたのは本当にただの偶然である。一旦国へ帰る為に国境へ向かうついでにまだ立ち寄っていなかった小さな村に寄ってみただけ。
しかし彼女は最初からここにアレキサンドリートがいると確信しているようだった。クレル家のご令嬢と言えば皇太子の婚約者候補にも名前が挙がっている筈。そんなご令嬢が何故アレキサンドリートを捜しているのか真意を確かめなければならない。
「まさかあのか弱そうなご令嬢がシルヴェスター皇国の精霊師殺し主犯だとは思いたくないが、俺達以上に不審じゃないか」
「否定はしませんが……わざわざ目立つ真似をするでしょうか」
「するわけがない、という思い込みを利用するのは良くある手口だろう」
そして恐らくあの少年もまた疑いながら彼女の元に行くのだろう。万が一彼女が精霊師殺しの一味だった場合を考えてベリルと名乗る彼を守れる位置にいなくてはいけない。基本魔術師よりも上位に位置する精霊師だ。しかも色持たずの彼ならば襲われても自分で何とか出来るだろうけれど。
「また倒れてそのまま連れ去られでもしたら大変だしな」
あの森で魔獣を退治して少し話をして、雨が降り出すと同時に急に無言になってしまったベリルは家に着いた途端に倒れてしまった。ひょっこり出てきた光の精霊リーに訊けば、ベリルは雨の日が嫌いだから頭が痛かったのかも~、でもその内起きるよ~、と何とも暢気な答えが返って来たのだけれど。
諜報用の隠匿スキルを付加したマントを羽織ると二人は雨の暗闇の中へと出た。
16
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
転移者を助けたら(物理的にも)身動きが取れなくなった件について。
キノア9g
BL
完結済
主人公受。異世界転移者サラリーマン×ウサギ獣人。
エロなし。プロローグ、エンディングを含め全10話。
ある日、ウサギ獣人の冒険者ラビエルは、森の中で倒れていた異世界からの転移者・直樹を助けたことをきっかけに、予想外の運命に巻き込まれてしまう。亡き愛兎「チャッピー」と自分を重ねてくる直樹に戸惑いつつも、ラビエルは彼の一途で不器用な優しさに次第に心惹かれていく。異世界の知識を駆使して王国を発展させる直樹と、彼を支えるラビエルの甘くも切ない日常が繰り広げられる――。優しさと愛が交差する異世界ラブストーリー、ここに開幕!
悪役令息の兄には全てが視えている
翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」
駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。
大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。
そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?!
絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。
僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。
けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?!
これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。
弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです
慎
BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。
メインキャラ達の様子がおかしい件について
白鳩 唯斗
BL
前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。
サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。
どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。
ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。
世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。
どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!
主人公が老若男女問わず好かれる話です。
登場キャラは全員闇を抱えています。
精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。
BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。
恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる