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アクア達の正体

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 僕が“アレキサンドリート”だと確信している口ぶりに知らず眉を寄せてしまう。
 やはりここで息の根を止めておくべきか。今の戦いで媒体を失った彼らなら遠距離から精霊術で倒すことも可能だろう。――いや。

(そうだ。アクアは精霊術が使えるんだった)

 自身のダメージとはどの程度の物だろうか。先程は辛そうな雰囲気だったけれど、今見た限りではわからないとしか言い様がない。アクアが完璧に隠しているのか、それとも時間経過と共に回復するのか。
 僕は知らない事だらけだ。一度死んで、人生をやり直していてもまだ知らない事の方が多すぎる。だけど僕が“ベリル”である限り魔術師と精霊師の狭間の制約なんて知らなくても良い事だ。そう、今までのように田舎でのんびりと暮らす為に知っておくべき知識ではない。

「僕はベリルだ。アレキサンドリートなんて知らない」

「そうだな。アレキサンドリートは色持たずの無能力者らしいし」

 やっぱり調べられている。僕は今更ながらずれたフードを目深に被り直した。
 でも良かった。色持たずだという事は少し踏み込んで調べたらわかる事。だけど僕が精霊師だというのはどこをどう調べても出て来ない。現にアクア達もアレキサンドリートは無能力者だと知っている。教会の記録は余程の事がないと開示されないけれど、例えそれが調べられた所で無能力者だという“事実”しか出て来ない筈だ。

「でもな」

 首にナイフを突きつけられているというのに大して気にした様子もなく肩を竦めたアクアの大きな手の平が僕の頬に触れる。
 どうしてか前の人生でテオドールに触れられた時を思い出してビクリと肩が跳ねたけれど予想に反してアクアの手はひんやりと冷たくて、テオドールの粘ついた熱い手の平とは全く違う。さらりとした感覚と、その手にあるタコはアクアが普段から剣を握っている証拠だ。

「その顔、そっくりだから」

「誰に?」

 さっきフードがずれた時に顔を見られてしまったのか。
 でも僕は一度目の人生でも家族の誰にも似ていないと良く言われていた。勿論精霊師が中性的になるのもあるだろうけれど、社交界では人当たりの良い紳士然とした父は豊かな口ひげと鷲鼻が特徴的な顔をしていたし、まだ年若い頃社交界の花として知られていた母は目鼻立ちのハッキリとした美人に分類されるだろう顔立ちだった。騎士として鍛え上げている兄はがっしりとした体形で母によく似た美男子だと誉めそやされているのを聞いた事がある。無理矢理似ている部分を探すならばツリ目がちな所が母と似ていたと言えるかも知れないが、僕だけ家族とあまり似ていないのは一度目の人生では小さな悩みだった。今となってはどうでも良い事だけど。

 頬を撫でた手の平が離れ、ついでとばかりに僕のフードを外す。

「ちょっと」

「一度見たんだから同じ事だろ~」

「口止めに殺すよ」

「何でだよ。村の人達は見てるんだろ?」

 別に子供の頃から知ってる皆に隠す必要はないし。だからって知らない人に素顔を見せてやる義理はないからもう一度片手でフードを被り直す。突き付けた短刀は離してやれない。だってアクア達が何者か僕は知らないから。

「本当の目的を言いなよ。僕がアレキサンドリートだったとして、あんた達は僕をどうするつもり」

「……この国に少年の他に精霊師がいるかどうか知ってるか?」

「知らない。わざわざ捜しに行こうとも思わないし」

「ここ数年、オリルレヴィー精霊国から精霊師が誘拐されてる事件が多発してるんだ」

「誘拐?」

 何それ。知らない。前の人生でもそんな話は聞いた事がない。

「事件を追う内、シルヴェスター皇国が関わっている事が判明した」

「……あんた達は精霊国の人間?」

「精霊国ギルド所属の冒険者」

 ホレ、と見せられたギルドタグには確かに精霊国の刻印とアクアの名前が刻まれている。
 この国のギルドもそうだけど、ギルド所属の冒険者は結構多岐に渡って仕事を請け負っている筈。勿論得意不得意で依頼は選ぶだろうけど、騎士にならなかった元貴族の中でも稀に冒険者になる人がいるとも聞いた事はある。ただそれは余程の物好きか問題児だって聞いたけど。

「精霊国の冒険者がどうして僕を捜すわけ?」

 精霊師が誘拐されている事件を追っているとしても、“アレキサンドリート”はそこに該当しない筈だ。僕はシルヴェスター皇国産まれだし、それこそ教会が僕の出生記録を残してるから実は誘拐された子供だった、って事にはならないだろう。

「アレキサンドリートの件はまた別件でな。どうしても会いたいって貴人がいるんだ。ただアレキサンドリートを捜しに行くなら一緒に調べてくれって言われて精霊師誘拐について調べた結果――皇国に連れ去られた精霊師は大概が殺されてた」

「え……」

 殺されてる?どうして?この国に精霊師が生まれなくなってかなり経つからこそ、前の人生での僕は皇太子の婚約者になったのに。精霊師の血を皇族に、って。オリルレヴィー精霊国がシルヴェスター皇国との婚姻を頑なに拒否していたから、この国に生まれた唯一の精霊師である僕が希望だって――いや、でも結局希望だと言われた僕はテオドールの手で殺されたんだけど。

「アレキサンドリートも殺されてる可能性があるし、一旦立て直す為に国に戻る途中だったんだ」

 信用できないなら依頼書もあるけど?と言うからには本当の事を話しているのだろう。
 ひとまず短刀を下げ、でもまだ油断出来ないから手に握っていつでも攻撃出来るように警戒をする。

「少年がアレキサンドリートでもそうじゃないにしても、この国にいたらいずれ殺される」

 ふと王都の広場を思い出す。
 殺せ、と熱狂的に叫ぶ、僕が守ろうとしてきた民達の声。
 愉悦に歪むテオドールとユヴェーレンの顔。
 家族の憎しみが籠る瞳。
 陽の光に鈍く光る断頭台の刃。

 今の生では嗅いだことがない筈の地下牢の血生臭さや腐臭が、腐った魔獣の臭いと重なる。
 ポツ、と頬に当たったのが雨粒だと気付いた瞬間――頭の中が真っ白になった。
 
 
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