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1回目の人生 4

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 いよいよ税を上げないと国の機能が止まってしまうくらいになった頃。
 ユヴェーレンの部屋の近くでオロオロとするメイドに出会った。どうしたのか訊くとテオドールに急ぎで呼ばれている、でもユヴェーレンにお茶も出さないといけない、と困っているらしかった。近くに他のメイドはおらず護衛騎士は護衛以外の仕事はしない。仕方なくティーセットを受け取った。ついでにユヴェーレンと久しぶりに交流を持とうと思ったから。

 そしてその日ユヴェーレンは毒で倒れた。ティーカップから毒が出たと聞いたのは捕らえられた牢屋の中。
 確かに言われるがままユヴェーレンのカップにお茶を注いだのは僕だ。でもカップはどっちが使うかなんてわからなかったし、ユヴェーレンの目の前で注いだ。どうやってユヴェーレンに気付かれず毒を入れられるのか、と訴えたけれどどうとでもやりようはあると聞いてもらえなかった。
 あまりに粗末な話に何の冗談かと思ったのに、ユヴェーレンに使われた毒が前皇帝陛下が殺された時に使われた物と同じだった事から、あの時も僕が皇帝陛下を殺した犯人だった、と判決が出たと伝えられた。
 碌に調べもしなかったくせに何故今更。

 でもどんなに無実を叫んでも誰一人信じてくれなくて。そしてあの日がやってくる。

 ◇◇

 創始825年、春。昨日まであんなにも降り続いた雨が上がった。
 外はすっきりとした快晴で、青く澄んだ空には自由に羽ばたく鳥の姿があった。その姿を目で追っていた所為でグイ、と引かれた鎖に体勢を崩し、無様に地に伏せる僕へと救いの手が差し伸べられる事はない。
 代わりに投げつけられた石がこめかみに当たりポタリと地面に血が滴る。
 もうそんな事に動揺する心は持っていない。白すぎる程に白い肌を持つ僕にとってこの陽光は毒になるけれど、最早どうでも良い事だ。

「早く立て!」

 またもグイと鎖を引かれ何とか体を起こした。両足にも付けられた枷は重く、それまで重たい物1つ持ったことのなかった貧弱な体が悲鳴を上げていた。
 周りの群衆が叫んでいる。「悪魔!」「皇国の恥さらし!」と。しかし名も知らぬ彼らを恨む気はない。

(だって家族ですら僕の話を信じてくれなかった)

 この世で一番近しい人達が信じてくれないのに、何故名も知らぬ彼らが僕を信じてくれるだろう。
 これは冤罪だ。謀られたのだ。何故誰よりも僕を取り立ててくれた前皇帝陛下を僕が殺さなければならないのか。
 そして何故その座を奪われたなんて理由で現皇后を殺さなければならないのか。皇后にはなれなかったけれど皇妃となり皇国の為に身を粉にして働いてきたのに、どうして。
 そう訴えた所で夫である皇帝もその臣下も、実の家族も。誰も信じてくれなかった。誰もが僕の死を願っていると知って絶望し砕けた心を懸命に慰めてくれたのは、只人には姿も見えない精霊達だけだ。
 彼らは新月の日、太陽が沈んでから翌日の月が昇るまでの間精霊界に戻る。その間は現世に干渉できないから今日まで懸命に雨を降らせ処刑を止めようとした彼らの声も、もう聞こえない。

(もういい……もう疲れた)

 無実を叫ぶのも。信じてもらえない絶望に涙を零すのも。皇帝の横で悲痛な顔を作りながら隠し切れない愉悦に唇を歪めている皇后に、あれだけ都合よく使っておきながら用済みとばかりにあっさり処刑を言い渡す皇帝に憎しみを抱くのも。

(もういい……どうでも)

 最初から用が済めば殺すつもりだったのだ。知らずに恋い慕って、たまに見せる優しさに絆される僕はさぞや滑稽だっただろう。もしかしたらその滑稽さを嘲笑い酒の肴にしていた夜もあったのかもしれない。
 
 処刑台の向こう。高い位置に作られた王族席の彼らを感情の籠らない目で見つめる。
 シルヴェスター皇国現皇帝テオドール・リヒト・シルヴェスター。彼の王族特有の金の髪が朝日できらきらと輝いている。しかし美しいのはその髪だけで、紫の瞳は侮蔑を含み形の良い唇は愉悦に歪んでいる。隣の皇后ユヴェーレンは銀の髪を豪奢に飾り、宝石を砕いて散りばめた贅沢な扇で口元を覆いながらそのエメラルドの瞳には皇帝と同じ愉悦が籠っていた。

「皇妃アレキサンドリート」

 かつて恋した通りの良い声に呼ばれ、感情のない瞳でひたと見つめた。

「前皇帝および皇后ユヴェーレンに毒を盛った大罪人よ。その罪は許しがたく万死に値する!よって大罪人アレキサンドリートは死刑とする!!」

 どこか芝居がかった口調に、は、と息が漏れた。絶望からの吐息でもなく、悲しみからの物でもなく。ただ滑稽さの目立つそれに込み上げた笑いだった。
 もう僕はどこかがおかしくなっているのだろう。目の前には今まさに自分の命を奪おうとしているギロチン台があって、側には処刑人がいる。その状態で可笑しくてたまらないなんて。

「何を笑っている!!」

 あの距離から見えるなんて視力の良いことだ、ともう一度笑った。
 斬首の為に短く切られた白髪が風に靡く。その赤い瞳をすぅ、と恐らく傍から見れば不穏に細め、しかしそのまま穏やかに笑ってやった。

「陛下の治世に幸福があらん事を」

 例え皇帝が馬鹿であろうと国民には何の罪もない。皇后であるユヴェーレンと贅沢な暮らしを満喫し、遊びまわっていただけの皇帝を支えていたのは僕だと自負出来る程にその仕事を肩代わりしてきた。僕の後釜は用意していると言っていたけれど、その人物が仕事に慣れるまで国は荒れるだろう。後釜に選ばれた人物が野心に溢れていたら戦渦に巻き込まれるかもしれない。

(だけどもういい……。もう気にしなくて良いんだ)

 他国との会談でテオドールやユヴェーレンが粗相をしないか気を張り失言をフォローしたり、寝る間を惜しんで大量の書類と向き合ったり、機嫌の悪いテオドールに殴られたり……上げればきりがない。だがもうそれも気にしなくて良いのだと思うと。

(ああ本当に……腹が立つくらい、いい天気だな……)

 自由になれるのならやってみたかった事が沢山ある。旅に出てみたかったし、庶民の食堂にも行って皆と同じように厳しいマナーもない食事を楽しんでみたい。祭りにだって行ってみたかったし、仕事以外で夜更かしして好きな本を存分に読みたい。

 テオドールの指示で処刑人に被せられた布の向こうに一瞬見えた家族は僕を憎しみの籠る眼で見ていた。前皇帝の毒殺および、現皇后を害した罪で、一族処刑は免れたものの爵位は返上、彼らがあんなにも蔑んだ平民へと落とされたのだからさぞや僕を恨んでいるだろう。

(もしも生まれ変わる事があったなら、)

 自分を愛さない家族なんていらない。
 二度と恋なんてしない。
 ただ自由でありたい。

(あの空の鳥みたいに)

「執行せよ!!」

 その声と共に落ちてきた無情な刃は僕の首をいとも簡単に斬り落とした。

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