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「手紙に書いてあった通りね…」
 馬車に揺られながら険しい表情でヴィクトリアが言うと、向かいに座るジェイドが首を傾げた。
「手紙?」
 ヴィクトリアは片目を前髪で隠し、白金の髪を三つ編みにしている。
 ジェイドはいつもの執事服でもなく、学園の制服でもなく、貴族の紳士のようにスーツを着込み、眼鏡を掛け、付け髭を付けていた。
 つまり、ヴィクトリアはアイリスに、ジェイドはアイリスの父ガードナー伯爵に見えるよう、擬装しているのだ。

「アイリスからの手紙に、馬車にずっと乗っていて身体中が痛いって書いてあったの」
「ああ…確かに僅かな休憩時間と宿泊時以外はずっと馬車で座っていますから、身体中が軋む感じはわかります」

「…アイリス、手紙で私に教えてくれていたんだわ」
 アイリスから届いた手紙には、道中で見た綺麗な景色、地域によって家屋の造りが微妙に違う事、馬車に乗りっぱなしで身体中が痛い事が書かれていた。
 ヴィクトリアの振りをしているアイリスが、後に銀の連山に視察に行った時の事を聞かれた場合に上手く受け答えができるように、道中見たもの、感じた事をヴィクトリアに知らせていたのだと気が付いた。
 まさか私もアイリスと同じように強行軍で馬車移動するなんて思ってもいなかったけれど。

「ウォルター殿下とデリック様は早馬で、ほぼ不眠不休で駆けられて…片道二日半でしたか?と言う事は昨日の夜にはお着きですね」
 ジェイドが言うと、ヴィクトリアは頷く。
「殿下、足を痛めておられたのに大丈夫だったのかしら?」
 ウォルターからの遣いと言う体でガードナー家にやって来たウォルターは一晩身体を休めて次の朝また連山へと戻って行ったのだ。
「ウォルター殿下が心配ですか?」
 ジェイドがヴィクトリアを見ながら言う。
「もちろん」
 ヴィクトリアが頷くと、ジェイドは「ふーん」と不満そうに息を吐いた。

 …?
 王都を出てからも、ジェイドの態度は今まで通りで、当たり障りのない会話しかできなかったけど、この感じは何だか今までとは違う感じがするわ。
 今なら、この間聞けなかった事を聞けるかしら?
「坑道の爆発で足を痛めて、それで不眠不休で馬に乗るだなんて、それが例えウォルター殿下でなくても心配するでしょう?」
「ウォルター殿下でなくても?」
 ジェイドは上目遣いでヴィクトリアを見る。
「なくても」
「婚約者だから、ではなく?」
「ではなく」

「…聞いてもいいですか?」
 上目遣いでヴィクトリアを見ながら言うと、ジェイドは口元を手で覆った。
「?」
「どうして修道院へ行くと言われたんですか?」
 ヴィクトリアは俯いて、腿の上の手をギュッと握る。
「それは…私が自分勝手で浅はかで浅ましい人間だからよ」
「どうしてそう思われたのですか?」
「私のせいで…アイリスとジェイドが死んでしまって、ウォルター殿下を傷付けてしまうところだったから…」
「それは夢の話ですよね?」
「そうだけど」
「その夢で、アイリスと俺が死んだ後の世界で、ヴィクトリア様はウォルター殿下に恨まれて、婚儀の後も殿下は冷たくて…結局、幸せにはなれないまま……」
 早逝して。
 そこまでは口にできなかったジェイドを、ヴィクトリアは目を見開いて見つめた。
「どうして…?私…夢の話…してないのに…」

 そう。ヴィクトリア様は目覚めた時に「自分のせいで俺とアイリスが死んでしまった」と言ったが、それ以外にどんな夢を見ていたのかを語った事はない。
 でも、ヴィクトリア様の「夢」と、俺が何度も見た俺とアイリスの死んだ後の世界はおそらく同じものだ。
「俺もんです。俺とアイリスが死んだ後の世界を」
「……見たって…どういう事?」

 俺に何かの特殊な能力があって、あの日をやり直す事ができたのか、それとも運命の悪戯か、神の采配なのか、わからない。
 わからないが、あの日を何度も繰り返し、ようやく俺もアイリスもヴィクトリア様も生きている現在いまに辿り着いたんだ。
 ここでヴィクトリア様が一人修道院に行ってしまっては、また幸せになれないじゃないか!
「修道院へ行くくらいなら、俺と駆け落ちしてください」
「…………え?」
 瞳がこぼれ落ちそうなくらい目を見開いてジェイドを見るヴィクトリア。
 その、晴れた空のような色の瞳が、俺はずっと好きだったんだ。



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