上 下
56 / 80

55

しおりを挟む
55

「手紙に書いてあった通りね…」
 馬車に揺られながら険しい表情でヴィクトリアが言うと、向かいに座るジェイドが首を傾げた。
「手紙?」
 ヴィクトリアは片目を前髪で隠し、白金の髪を三つ編みにしている。
 ジェイドはいつもの執事服でもなく、学園の制服でもなく、貴族の紳士のようにスーツを着込み、眼鏡を掛け、付け髭を付けていた。
 つまり、ヴィクトリアはアイリスに、ジェイドはアイリスの父ガードナー伯爵に見えるよう、擬装しているのだ。

「アイリスからの手紙に、馬車にずっと乗っていて身体中が痛いって書いてあったの」
「ああ…確かに僅かな休憩時間と宿泊時以外はずっと馬車で座っていますから、身体中が軋む感じはわかります」

「…アイリス、手紙で私に教えてくれていたんだわ」
 アイリスから届いた手紙には、道中で見た綺麗な景色、地域によって家屋の造りが微妙に違う事、馬車に乗りっぱなしで身体中が痛い事が書かれていた。
 ヴィクトリアの振りをしているアイリスが、後に銀の連山に視察に行った時の事を聞かれた場合に上手く受け答えができるように、道中見たもの、感じた事をヴィクトリアに知らせていたのだと気が付いた。
 まさか私もアイリスと同じように強行軍で馬車移動するなんて思ってもいなかったけれど。

「ウォルター殿下とデリック様は早馬で、ほぼ不眠不休で駆けられて…片道二日半でしたか?と言う事は昨日の夜にはお着きですね」
 ジェイドが言うと、ヴィクトリアは頷く。
「殿下、足を痛めておられたのに大丈夫だったのかしら?」
 ウォルターからの遣いと言う体でガードナー家にやって来たウォルターは一晩身体を休めて次の朝また連山へと戻って行ったのだ。
「ウォルター殿下が心配ですか?」
 ジェイドがヴィクトリアを見ながら言う。
「もちろん」
 ヴィクトリアが頷くと、ジェイドは「ふーん」と不満そうに息を吐いた。

 …?
 王都を出てからも、ジェイドの態度は今まで通りで、当たり障りのない会話しかできなかったけど、この感じは何だか今までとは違う感じがするわ。
 今なら、この間聞けなかった事を聞けるかしら?
「坑道の爆発で足を痛めて、それで不眠不休で馬に乗るだなんて、それが例えウォルター殿下でなくても心配するでしょう?」
「ウォルター殿下でなくても?」
 ジェイドは上目遣いでヴィクトリアを見る。
「なくても」
「婚約者だから、ではなく?」
「ではなく」

「…聞いてもいいですか?」
 上目遣いでヴィクトリアを見ながら言うと、ジェイドは口元を手で覆った。
「?」
「どうして修道院へ行くと言われたんですか?」
 ヴィクトリアは俯いて、腿の上の手をギュッと握る。
「それは…私が自分勝手で浅はかで浅ましい人間だからよ」
「どうしてそう思われたのですか?」
「私のせいで…アイリスとジェイドが死んでしまって、ウォルター殿下を傷付けてしまうところだったから…」
「それは夢の話ですよね?」
「そうだけど」
「その夢で、アイリスと俺が死んだ後の世界で、ヴィクトリア様はウォルター殿下に恨まれて、婚儀の後も殿下は冷たくて…結局、幸せにはなれないまま……」
 早逝して。
 そこまでは口にできなかったジェイドを、ヴィクトリアは目を見開いて見つめた。
「どうして…?私…夢の話…してないのに…」

 そう。ヴィクトリア様は目覚めた時に「自分のせいで俺とアイリスが死んでしまった」と言ったが、それ以外にどんな夢を見ていたのかを語った事はない。
 でも、ヴィクトリア様の「夢」と、俺が何度も見た俺とアイリスの死んだ後の世界はおそらく同じものだ。
「俺もんです。俺とアイリスが死んだ後の世界を」
「……見たって…どういう事?」

 俺に何かの特殊な能力があって、あの日をやり直す事ができたのか、それとも運命の悪戯か、神の采配なのか、わからない。
 わからないが、あの日を何度も繰り返し、ようやく俺もアイリスもヴィクトリア様も生きている現在いまに辿り着いたんだ。
 ここでヴィクトリア様が一人修道院に行ってしまっては、また幸せになれないじゃないか!
「修道院へ行くくらいなら、俺と駆け落ちしてください」
「…………え?」
 瞳がこぼれ落ちそうなくらい目を見開いてジェイドを見るヴィクトリア。
 その、晴れた空のような色の瞳が、俺はずっと好きだったんだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...