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「どうして早く話してくれなかったんだ?」
ベッドの傍に置かれた椅子に座ってアイリスとヴィクトリアの父であるフランクが言う。
「流れてしまう可能性もありますから…現に今その危機ですし、安定期までは言わないつもりでおりました」
ベッドに横たわるのはアイリスの義母、ヴィクトリアの母のマティルダだ。
「気持ちはわかるが…夫婦なのに、寂しいじゃないか」
「申し訳ありません」
旦那様はそう言うけれど、旦那様も愛人と隠し子の存在を私に隠していたではないか。と、マティルダは心の中で言った。
「無事産まれてくれれば良いのですが…」
マティルダは寝具の上から自分のお腹を撫でる。
「そうだな」
フランクはマティルダのお腹の上の手に自分の手を重ねた。
「マティルダ」
「はい」
フランクは真剣な表情でマティルダをじっと見た後、すっと視線を重なった互いの手へと落とす。
「……」
「旦那様?」
何かを言いた気なフランクが視線を落としたままで口を開いた。
「…ヴィクトリアとは話したのか?」
「いいえ。私もヴィクトリアもまだベッドから離れられないので…」
「そうか」
「ヴィクトリアが何か?」
ヴィクトリアが目を覚ました事は聞いた。侍女を通じて「目が覚めて良かった」とメッセージを送り「心配かけました。お母様もお身体を厭うてください」と返事を貰ったわ。
でもまだヴィクトリアが目覚めて数日、身体が弱っていてベッドから降りられないらしいし、私も流産しかけて絶対安静なので直接会えてはいない。
「いや。ヴィクトリアも日に日に元気になって来ている。近い内に訪ねて来れるだろう」
「そうですか。それは楽しみですわ」
フランクは微笑んで、重ねた手でマティルダの手を優しく撫でる。
「大事にしてくれ」
そう言ってマティルダの手を持ち上げると甲にキスをしてフランクは部屋を出て行った。
-----
ベッドから降りて素足でカーペットの上をそろそろと歩くヴィクトリアは、鏡台の前に立つと自らの顔を覗き込んだ。
右目の上、眉頭の辺りから瞼を通り、目尻の上までに一本の切り傷がある。今はもうガーゼを当てていない癒えかけの傷。
「痕が残るだろうけど…私にはお似合いね」
そう呟いて、向きを変えようとして、カーペットの毛足に足を取られて倒れ込む。
「痛…」
ちょうどその時、寝室の扉が開いて、入って来たジェイドが驚いてヴィクトリアに駆け寄った。
「ヴィクトリア様!大丈夫ですか」
「!」
跪いてヴィクトリアに向けて伸ばされたジェイドの手をヴィクトリアは身体を捻って避ける。
「あ、すみません」
ジェイドは手を引いた。
「あ…」
「女性に不躾に触れるのは無作法ですね」
ジェイドは苦笑いを浮かべると、寝室の隣の部屋にいるヴィクトリアの侍女に声を掛ける。
侍女が寝室に入って来て、ヴィクトリアの脇に手を入れて立たせると、ベッドへと座らせた。
侍女が寝室を出て行って、ベッドに座ったヴィクトリアとその前に立つジェイドは二人きりになる。
「…ごめんなさい。ジェイド。親切を無下にするつもりはなくて…」
「いえ、俺こそ。そもそも執事見習いが令嬢の寝室に入るだけでも使用人としての分を超えているのに、ヴィクトリア様が許してくださるからと調子に乗りましたね」
俯いて言うヴィクトリアに、明るい口調で言うジェイド。
ヴィクトリアは「そんな事…」と呟いた。
「歩く練習をされるのは良い事ですけど、一人ではダメです。誰かが一緒でないと」
人差し指を立てて言うジェイドに、ヴィクトリアも少し笑って頷く。
「はい」
「後はしっかり食べて体力戻す事です。それから、これをお持ちしました」
ジェイドはヴィクトリアの前に封筒を差し出した。
「手紙?」
「アイリスからです」
「!」
ヴィクトリアはパッと顔を上げるとジェイドが差し出す封筒を両手で受け取る。
「王都を出て四日経ちますから、今日辺り銀の連山に着いた頃ですかね?」
「ジェイドにも…」
「はい?」
口角を上げてヴィクトリアは視線を彷徨わせた。
「ジェイドにも届いたの?手紙。アイリスから」
ああ、きっと今わざとらしい笑顔になっているわ。
アイリスがジェイドに手紙を書いていたとしても、私に気にする資格などないのに。
だって私、アイリスとジェイドを死なせてしまう処だった。愚かで自分勝手な賭けをして。
「いえ?確かにこの封筒が入っていたもう一つの封筒の宛名は俺になってましたが、中にはヴィクトリア様宛のこの手紙しかなかったですよ」
不思議そうに首を傾げてジェイドが言う。
「そうなの?」
「ええ」
ジェイドはさも当然という風に頷いた。
「そうなの…」
小さく息を吐いてヴィクトリアは封筒を開ける。
アイリスからの手紙には、道中で見た綺麗な景色についてや、地域によって家屋の造りが微妙に違う事に驚いた話、馬車に乗りっぱなしで身体中が痛い事が書かれていた。
「どうして早く話してくれなかったんだ?」
ベッドの傍に置かれた椅子に座ってアイリスとヴィクトリアの父であるフランクが言う。
「流れてしまう可能性もありますから…現に今その危機ですし、安定期までは言わないつもりでおりました」
ベッドに横たわるのはアイリスの義母、ヴィクトリアの母のマティルダだ。
「気持ちはわかるが…夫婦なのに、寂しいじゃないか」
「申し訳ありません」
旦那様はそう言うけれど、旦那様も愛人と隠し子の存在を私に隠していたではないか。と、マティルダは心の中で言った。
「無事産まれてくれれば良いのですが…」
マティルダは寝具の上から自分のお腹を撫でる。
「そうだな」
フランクはマティルダのお腹の上の手に自分の手を重ねた。
「マティルダ」
「はい」
フランクは真剣な表情でマティルダをじっと見た後、すっと視線を重なった互いの手へと落とす。
「……」
「旦那様?」
何かを言いた気なフランクが視線を落としたままで口を開いた。
「…ヴィクトリアとは話したのか?」
「いいえ。私もヴィクトリアもまだベッドから離れられないので…」
「そうか」
「ヴィクトリアが何か?」
ヴィクトリアが目を覚ました事は聞いた。侍女を通じて「目が覚めて良かった」とメッセージを送り「心配かけました。お母様もお身体を厭うてください」と返事を貰ったわ。
でもまだヴィクトリアが目覚めて数日、身体が弱っていてベッドから降りられないらしいし、私も流産しかけて絶対安静なので直接会えてはいない。
「いや。ヴィクトリアも日に日に元気になって来ている。近い内に訪ねて来れるだろう」
「そうですか。それは楽しみですわ」
フランクは微笑んで、重ねた手でマティルダの手を優しく撫でる。
「大事にしてくれ」
そう言ってマティルダの手を持ち上げると甲にキスをしてフランクは部屋を出て行った。
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ベッドから降りて素足でカーペットの上をそろそろと歩くヴィクトリアは、鏡台の前に立つと自らの顔を覗き込んだ。
右目の上、眉頭の辺りから瞼を通り、目尻の上までに一本の切り傷がある。今はもうガーゼを当てていない癒えかけの傷。
「痕が残るだろうけど…私にはお似合いね」
そう呟いて、向きを変えようとして、カーペットの毛足に足を取られて倒れ込む。
「痛…」
ちょうどその時、寝室の扉が開いて、入って来たジェイドが驚いてヴィクトリアに駆け寄った。
「ヴィクトリア様!大丈夫ですか」
「!」
跪いてヴィクトリアに向けて伸ばされたジェイドの手をヴィクトリアは身体を捻って避ける。
「あ、すみません」
ジェイドは手を引いた。
「あ…」
「女性に不躾に触れるのは無作法ですね」
ジェイドは苦笑いを浮かべると、寝室の隣の部屋にいるヴィクトリアの侍女に声を掛ける。
侍女が寝室に入って来て、ヴィクトリアの脇に手を入れて立たせると、ベッドへと座らせた。
侍女が寝室を出て行って、ベッドに座ったヴィクトリアとその前に立つジェイドは二人きりになる。
「…ごめんなさい。ジェイド。親切を無下にするつもりはなくて…」
「いえ、俺こそ。そもそも執事見習いが令嬢の寝室に入るだけでも使用人としての分を超えているのに、ヴィクトリア様が許してくださるからと調子に乗りましたね」
俯いて言うヴィクトリアに、明るい口調で言うジェイド。
ヴィクトリアは「そんな事…」と呟いた。
「歩く練習をされるのは良い事ですけど、一人ではダメです。誰かが一緒でないと」
人差し指を立てて言うジェイドに、ヴィクトリアも少し笑って頷く。
「はい」
「後はしっかり食べて体力戻す事です。それから、これをお持ちしました」
ジェイドはヴィクトリアの前に封筒を差し出した。
「手紙?」
「アイリスからです」
「!」
ヴィクトリアはパッと顔を上げるとジェイドが差し出す封筒を両手で受け取る。
「王都を出て四日経ちますから、今日辺り銀の連山に着いた頃ですかね?」
「ジェイドにも…」
「はい?」
口角を上げてヴィクトリアは視線を彷徨わせた。
「ジェイドにも届いたの?手紙。アイリスから」
ああ、きっと今わざとらしい笑顔になっているわ。
アイリスがジェイドに手紙を書いていたとしても、私に気にする資格などないのに。
だって私、アイリスとジェイドを死なせてしまう処だった。愚かで自分勝手な賭けをして。
「いえ?確かにこの封筒が入っていたもう一つの封筒の宛名は俺になってましたが、中にはヴィクトリア様宛のこの手紙しかなかったですよ」
不思議そうに首を傾げてジェイドが言う。
「そうなの?」
「ええ」
ジェイドはさも当然という風に頷いた。
「そうなの…」
小さく息を吐いてヴィクトリアは封筒を開ける。
アイリスからの手紙には、道中で見た綺麗な景色についてや、地域によって家屋の造りが微妙に違う事に驚いた話、馬車に乗りっぱなしで身体中が痛い事が書かれていた。
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