上 下
43 / 80

42

しおりを挟む
42

「ウォルターはアイリスが好きなんだろう?」
 ………ん?
 ステファン殿下、今何て?
 
「!?」
 アイリスが何かを言うため顔を上げようとすると、ウォルターはアイリスをますます強く抱きしめた。
「ええ。そうです」
 ウォルターの胸に押し付けられたアイリスの耳に、ウォルターの声が小さな振動と共に届く。
「僕はずっと…ずっとアイリスの事が好きなんです」

 ドクンッ。
 と大きく脈打った心臓が、ウォルターのものなのか、それとも自分のものなのか、アイリスにはわからなくなった。
 今、ウォルター殿下が、私の事、好きって…言ったの?
「…ウォルター殿下」
「……」
 アイリスが顔を上げると、ウォルターは眉を顰めて苦し気な表情でアイリスを見た。
「ごめんね。アイリス」
「え…?」
 何でそんな表情かおを?
「アイリスにはジェイドがいるから、僕の気持ちなど知らせるつもりはなかったんだ…だからごめん」
 苦渋の表情で腕の中のアイリスの肩に手を掛け、自分の身体から離すウォルター。
「え?ジェイド?」
 ジェイドが何?

「ジェイドとはヴィクトリアの家の執事の息子だな?」
 ステファンが何かに気付いたように言う。
「そうです」
 ウォルターが答える。
 ステファン殿下が我が家の執事見習いの名前まで知ってるのは、お姉様との会話にジェイドの名前が出て来たって事よね?
「そのジェイドだ。ヴィクトリアが本当に好きな男は」

 ……………は?

「兄上、そこまでご存じなんですか」
 ウォルターが驚いた様子で言った。

「え?」
 えええ!?
 ウォルター殿下がそう言うって事は本当なの!?
 お姉様には「本当に好きな男」がいて、それがジェイド!?
 それで、ウォルター殿下もそれを知ってたの!?
「しかしジェイドはアイリスと結婚してガードナー伯爵家を継ぐんです。それにジェイドとアイリスは想い合っている」
「ちょっ!ちょっと待って!」
 アイリスは思わず声を上げる。

「アイリス?」
 アイリスの肩に手を置いたままのウォルターが首を傾げてアイリスを見た。
「…ちょっと待ってください。情報過多で頭が追いつきません」
「アイリス」
 アイリスはウォルターを見上げる。
「とにかく!まずこれだけは言っておきます」
「うん?」
 首を傾げるウォルターをキッと見据えてアイリスは言った。
「私が好きなのはウォルター殿下です!」

-----

 ルイーザの住む家の玄関を出ると、馬小屋や馬を運動させる広場、馬車を停める広場と、その周りを取り囲むようにルイーザの住む家と同じようなこじんまりとした家が何軒か見える。
 奥に見える山の方へ行く道は入口は広いがすぐに狭くなるらしい。手前にある麓の方へ続く道は馬車がすれ違える程に広かった。
 眼帯をしたアイリスは玄関前に停めた馬車に乗り込もうとしているウォルターの前に手を後ろで組んで立つ。
「…まだ信じられない」
「私もです」
 ウォルターが呟くように言うと、アイリスも俯いて唇を尖らせた。

「だからと言ってすぐにどうこうなる訳ではないけど…」
 そう言いながらアイリスに握手を求めるように手を差し出すウォルター。
「そうですね」
 アイリスも頷きながらウォルターの手に触れる。
 ウォルターはギュッとアイリスの手を握った。
「……」
「……」
 黙って見つめ合う。

 麓からの道から馬車が近付いて来る音がして、ウォルターとアイリスは手を離した。
 ルイーザの家から少し離れた所に停まった馬車の扉が勢いよく開き、ケイシーが飛び出すように降りて来る。その後ろからデリックも馬車から降りた。

「ケイシー」
「ア…お嬢様!」
 駆けて来たケイシーがアイリスに抱きつく。
 心配と安心と入り混じった表情で、目尻に涙を浮かべたケイシー。頭には包帯が巻かれていた。
「ケイシー傷は大丈夫なの?」
「私の事など!それよりお嬢様がご無事で本当に良かったです」

「語り合うのは後ほど。人払いしてあるとは言え屋外です。どこから見られているかわかりませんから」
 デリックがケイシーの肩をトントンと叩く。
 アイリスとケイシーは頷いた。
 ケイシーが控えるようにアイリスの後方へと立つと、デリックはルイーザの家の前に停めてあった馬車の扉の横に立つ。
「名残惜しいのは重々承知していますが、人払いしてあるとは言え屋外ですからね」
 デリックはウォルターの方へ視線をやりながら言った。
「そう何度も言わなくてもわかっている」
 ウォルターは恨めしそうにデリックを見ると、アイリスの方へ身体を向ける。
「それじゃあ行くよ」
 ウォルターは少し微笑んでアイリスを見た。
「はい」
 アイリスも少し微笑んでウォルターを見る。
「待っていて。…アイリス」
 声を絞ってアイリスを呼ぶと、アイリスは小さく頷いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...