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「あれが王妃の子か」
「あの王子が東国へ行けば丸く収まるものを…」
「いや、我が国はちゃんと第二王子を行かせる手筈だった。それなのに東国の王女が逃げたのが悪いんじゃないか」
「だとしても王妃は東国から嫁いで来たのに、こちらからは盟約を守らないと言う訳にはいかないだろう」
「そもそも盟約を破ったのは東国の方だ」

 銀を掘り出す鉱路の近くの休憩所を訪れたアイリスとウォルターの耳に鉱夫だちのヒソヒソと話す声が聞こえて来る。
 ラウルとベンジャミンは共にやって来た技術者と鉱夫の責任者と別室で話しをしていて、長机がずらりと置かれた休憩所に居るのはアイリスとウォルター、そして十数人の鉱夫たちだ。
「あの…どうぞ座って…お座りになって…お掛け…ください」
 休憩所で出される食事を作る年配の女性が、緊張でしどろもどろになりながらアイリスたちに椅子を勧めてくれた。
「よせよせ。王子サマとご令嬢がそんなきったねぇ椅子になどお座りになる訳がねぇだろ!?」
 鉱夫の一人が言う。
 周りが嘲りを含んだ笑いを漏らした。

「ありがとう」
 ウォルターは女性に向けて優美に笑うと、勧められた椅子に座る。
 アイリスも女性に笑顔を向けながら、ウォルターの隣に座った。
 余りにも抵抗なく椅子に座るウォルターとアイリスに鉱夫たちが騒めく。
「おい。座ったぞ?」
「座ったな」
 女性がお盆に乗せたお茶を持ってアイリスたちに近付く。
 かわいそうなくらいガタガタと震えている女性。アイリスは立ち上がって女性の手からお盆を取った。
「え?あの…」
「大丈夫よ。ありがとう」
 お盆を取られてオロオロする女性に、アイリスはにっこりと笑い掛けた後、ウォルターの前にお盆に乗っていた二つのコップの内の一つを置く。
 ウォルターが頷くと、アイリスは椅子に座りながら自分の前にもう一つのコップを置いた。
 マグカップのような無骨なコップにはお茶が注がれているがさほど熱そうではない。
 ホッとした表情の女性にお盆を返すと、アイリスはお茶を一口飲んだ。
「美味しいわ。この香りはハーブ?」
「は、はい。疲労回復に効くと…」
 女性がお盆を胸に抱えて言う。
「そう。皆さんに気配りされているのね」
「はい」
 アイリスは目を瞬かせる女性に笑顔を向けた後、自分が飲んだコップとウォルターの前に置かれたコップとを入れ替えた。
「ありがとう。ヴィクトリア」
 ウォルターはアイリスが入れ替えたコップを持つと、お茶を飲む。

「毒味か」
「毒味だな」
「本当にやるんだな」
 ボソボソと話す声が聞こえてくる。
「うん。美味しい」
 ウォルターが言うと、女性はホッとした様子で嬉しそうに笑った。

-----

 鉱夫たちが仕事に戻り、お茶を入れてくれた女性も厨房へ入り、ウォルターはラウル、ベンジャミンと一緒に坑道を見学に向かう。
 一人残ったアイリスは休憩所の椅子に座り、ケイシーと話していた。

「ここはだからまだ当たりが柔らかいのかしら?」
 アイリスが小声で言うと、アイリスの側に立つケイシーは小さく頷く。
「そうかも知れません。ここの方たちの大半は『先に盟約を破ったのは東国むこうだ』と考えているようでした」
「明日は東国に割り当てられた坑道へ行くのよね?」
「そうですね」

 この国と東国との国境に横たわる連山。その内、銀が産出される山は国境線が麓にあり、多数の坑道が掘られた山の部分は両国の共有とされている。
 つまり、アイリスたちが今いる鉱山の作業場はこの国であり、東国でもある。またはそのどちらでもない場所と言う事になる。

 銀を採取するための坑道ごとにこの国と東国とが割り当てられており、今日アイリスたちが訪れたのはこの国が管轄する坑道なのだ。

 東国の人たちにとってウォルター殿下はどんな存在なんだろう?
 王妃殿下は国民に慕われていたって聞いたし、東国の人たちも自国の王女の子供のウォルター殿下やセラに親近感を覚えてたりするのかな?
 もしも、もしもだけど、ウォルター殿下が東国へ行くって言われた…歓迎される感じなのかしら?
 でも、東国へ行くって、旅行とかじゃなくて向こうに住むって事で、そうしたら何年も会う事もなくて……
「…ザワザワする」
 アイリスが呟く。
 聞こえなかったらしいケイシーが「え?」と首を傾げた。



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