上 下
30 / 80

29

しおりを挟む
29

「貴族令嬢とその侍女が強行軍について来られるとも思わないが、具合を悪くしても行程は緩めないからそのつもりでいろ」
 銀の連山への視察へ出発する日、それぞれの馬車に乗り込む前のアイリスに、ラウルはそう言った。
 視察に同行しろって言ったのはラウル殿下じゃないの。半ば無理矢理連れて行こうとしてる紅二点の私とケイシーになんて言い草なの。
 アイリスは心の中で憤りながらも、眼帯と前髪で隠した眼でラウルを見る。
 ラウルは面白そうにアイリスを見ていた。

 揶揄われてるの?
 じゃあ、お姉様ヴィクトリアとしては不正解な回答かも知れないけど、まあ誤差の範疇って事で、言ってもいいかな。
「もちろん。そのつもりです」
 アイリスはそう言ってにっこりと笑う。
「ほう」
 片眉を上げてますます面白そうにアイリスを見るラウル。
「ラウル殿下が仰られる通り、強行軍なのですから、一刻も早く出立しましょう」
 アイリスの後ろに立つウォルターがアイリスの肩に手を置きながら言った。
「そう睨むなよ」
 ラウルが笑いながら肩を竦める。
「……」
 ウォルターが眉を顰めると、ラウルは笑いながら見送りに出ている自身の婚約者カルロッテの方へと歩いて行った。

-----

「ケイシーは長時間馬車に乗ってて平気な方?」
 走り出した馬車の中で、アイリスは向かい側に座るケイシーに話し掛ける。
「あまり長時間乗っていた事がないのでわかりません」
 ケイシーが無表情で言う。
「そっか。じゃあ酔うかも知れないわね。進行方向へ向いて座った方が酔わないかも。私と代わる?」
「え?いえいえいえいえ。大丈夫です」
 珍しく少し慌ててケイシーが言う。
 無理もない。アイリスと入れ替わるイコールウォルターの隣りに座るという事になるのだから。

「ラウル殿下もベンジャミン殿下も、もう一台馬車を準備くだされば良いものを…」
 アイリスの斜め前、ケイシーの隣に座るデリックが憤りを含んだ声色で言った。
「まあ、これも僕に対する嫌がらせの一環なんだろう」
 デリックの向かい、アイリスの隣に座ったウォルターが呆れたように言う。
 つまり、アイリスとウォルター、その従者のケイシーとデリックは一台の馬車に乗っているのだ。
 先頭の馬車にはベンジャミンとラウルの従者たち、二台目の馬車にはベンジャミンとその侍従、三台目にはラウルと側近、四台目にウォルターとアイリス、五台目に銀採集加工に関する技術者や学者たち、六台目には機材などを乗せた貨物車だ。
 護衛騎士の馬に前後左右を囲まれた一行は派手ではないがやはり物物しい。

「嫌がらせ?ですか?」
 アイリスは目を瞬かせてウォルターを見た。
「そう。東国にとっても我が国にとっても銀の条約は重要だからね。人質のやり取りのような盟約でも履行できないままの状態は好ましくないから」
 ウォルターはそう言うと、口元に手を当てる。
「ラウル殿下は、この視察中にウォルター殿下を説得なさるつもりなんですか?」
「そうだろうね。後は僕に連山の様子を見せて、王族として、盟約は他人事ではないと突きつけるおつもりなんだろう」

 ラウル殿下の中での僕は、国と国との盟約よりも個人感情を優先するわがままな子供なんだろう。
 ウォルターは隣で難しい顔をしているアイリスを見た。

「…最近は東国へ行った方が良い気もするんだ」
「え?」
 ウォルターが呟くように言うと、アイリスがぱっとウォルターを見る。
 瞠目したアイリスの顔をウォルターはじっと見つめた。
「アイリスは僕がわがままを言っているとは思わない?」
「わがまま、ですか?」
「うん」
 じっとアイリスを見つめるウォルターの視線に、アイリスの鼓動が少し早まる。
 殿下が、わがまま?
 それから…東国へ行かれる…かも?

「…そうしたら、お姉様はどう…?」
 アイリスがそう言うと、ウォルターはふっと微笑んだ。
 …まただわ。淋しそうな、笑顔。
 ぎゅっと胸が絞られるような感覚。
 どうしてこんなに胸が痛いんだろう?

 ウォルターはクシャッとアイリスの髪を撫でる。
「ごめん」
 笑ってそう言うと、ウォルターは窓の外に視線を移した。
 何に「ごめん」?
 アイリスは撫でられた自分の頭に手をやる。
 そして窓の外を眺めているウォルターの横顔を見つめた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...