上 下
25 / 80

24

しおりを挟む
24

「…アイリス?」
 水色の瞳が忙しなく上下し、ヴィクトリアに被さるようにして身体を揺すっていたアイリスを見た。
「お姉様!」
 アイリスはヴィクトリアの身体から手を離すと、ヴィクトリアの手を両手で握る。
「…夢?」
「いいえ!お姉様が今まで見ていたのが夢です。私は生きています!こっちが現実です!」
「げん…じつ…?」
「そうです」
「……」

 ウロウロと彷徨うヴィクトリアの瞳が、一点で止まる。
「!」
 ヴィクトリアは真っ直ぐにアイリスの後ろに立つジェイドを見ていた。
「ジェイ…ド…?」
「お姉様?」
 ヴィクトリアはジェイドを見つめながら片手で口元を覆う。
「…死んだのよ。ジェイドも、アイリスも。わ…私のせいで」
 小刻みに震えながらヴィクトリアは言った。

「俺も生きています。ヴィクトリア様」
 ジェイドが一歩前に出て、アイリスの横に並んで言うと
「やめて!」
 とヴィクトリアが叫ぶ。
「ヴィクトリア様」
「お姉様」
「やめて!やめてやめて!こちらが現実なんて嘘よ!生き残ったのは私だけなの。ジェイドもアイリスも死んでしまったわ!」
 そう叫ぶように言うと、ヴィクトリアはゼイゼイと荒い息をした。
「お姉様、急にそんな大きな声を出しては…長い間眠っていたから体力が落ちてるんです」
 アイリスはヴィクトリアを落ち着かせようと、両腕に手を添える。
 細い。
 腕がこんなに細くなってしまって…
「……」
 何度も絶望的な「今日」を繰り返して、やっと「明日」が来て…でもお姉様が苦しむなんて、望んでなかった。

 少し息が整ったヴィクトリアが、アイリスを見ながら呟いた。
「…どうしてアイリスが泣くの?」
 アイリスの頬を涙が伝う。
「だって…お姉様が苦しんでる」
「私が苦しいのは当たり前よ。だって、私のせいでアイリスとジェイドが死んだのだもの」
 ヴィクトリアが眉を寄せて言った。
「私は生きてます。ほら、生きてるでしょう?」
 ヴィクトリアの手を握ると、アイリスは自分の胸にヴィクトリアの手を当てる。
 トクトクと打つ拍動がヴィクトリアの手に伝わった。
「…生きてる?」

「そうです。こっちが現実です」
「ジェイドも…?」
「はい」
 ヴィクトリアがジェイドに視線をやると、ジェイドは大きく頷く。

「良かった…」
 ヴィクトリアの瞳から大粒の涙が溢れた。

-----

 あの忌々しい女、オリビエが死んで、あの女の娘が我が家に入り込んで来た。
 ヴィクトリアにそっくりで、でもオリビエと同じ濃い青の瞳の娘。

 ヴィクトリアの婚約が決まる時、旦那様は
「ヴィクトリアが嫁げば、アイリスが婿を迎えてこの家の後継となる事になるが、本当にいいのか?」
 と仰った。

 ヴィクトリアがウォルター殿下に輿入れしたら、このガードナー伯爵家をアイリスが継ぐ事になる。
 泥棒猫の娘にこの家を継がせる?それではこの家を、旦那様と私のこの家を、あの女に乗っ取られるようなものじゃない。そのような事、許せる訳がない。
 でも、だからと言ってヴィクトリアの婚約は…

「私がもう一人子どもを産みますわ」
 そう私が言うと、旦那様は仰った。
「そうなればその子に後を継がせるが、アイリスが十六歳になるまでに子ができなければジェイドを我々夫婦の養子に迎え、アイリスと婚約させる」
「ジェイドと…」
 私の年齢や身体の事もある。期限があるのは仕方がない。
 でも、ジェイドの父ニコラスは旦那様がオリビエを愛人にし、家を与え、子を産ませた事、私に隠して、旦那様にずっと協力していた裏切り者ではないか。

 ああ、嫌だ。
 泥棒猫と裏切り者にこの家を好きにされるだなんて。

 いいえ、アイリスが十六になるまでにはあと七年あるわ。きっと大丈夫。
 オリビエにこの家を乗っ取らせたり、しないわ。

-----

「お姉様は何故…私やジェイドが死んだのは自分のせいだと思われてたのですか…?」
 恐る恐るアイリスが言うと、ヴィクトリアは目を閉じて眉を寄せて言った。

「知っていたの…私。お母様が、アイリスを…殺そうとしていた事」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

処理中です...