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「ヴィクトリア様はお休みなさっております」
 部屋の扉から見える廊下にケイシーが立っている。
「だから私たちがお休みの間に掃除するのを手伝うって言ってるのよ」
「そうよ。貴女が一人でお掃除するのは大変でしょう?」
 扉の陰から二人の女性の声が聞こえた。
「いえ。一人で大丈夫です」
 無表情でケイシーが言う。
「広い部屋と寝室をたった一人の侍女が掃除できる訳ないわ。もしかして貴女…手を抜いてるの?」
「まあ!王子の婚約者の侍女が手を抜くだなんてあり得ないわ」

 セラが言ってた通り、本当に毎日「掃除」「洗濯」「お茶の用意」「着替えの手伝い」って言ってくるのね。飽きないのかしら?
 アイリスは寝室の扉の隙間からケイシーたちの様子を見ながら思った。
 アイリスが王宮へ来て五日になる。
 王宮のヴィクトリアに与えられた部屋へ、王宮の侍女やメイドが入れ替わり立ち替わり様子を窺いにやって来るのだ。

「手など抜いてはおりません」
 ケイシーは表情は変えず言う。
「どうやったら手を抜かずに掃除や洗濯やヴィクトリア様の身の回りの世話が一人でできると言うのよ」
「掃除はヴィクトリア様が部屋におられない時にやりますし、リネン類は王宮のランドリーメイドの方が洗濯した物を持って来てくださいますし、服などはガードナー家から取りに来て、新たな物を持って来ますし」
 身の回りの世話は、私大概の自分の事は自分でやっちゃうからなあ。髪を染めたり結ったりや面倒な衣装を着る時には手助けがいるけどね。
 でも普通の貴族令嬢は侍女に任せきりだし、今は元庶民アイリスじゃなくて生粋の伯爵令嬢ヴィクトリアなんだし、ケイシーも「ウチのお嬢様は自分で顔も洗うし着替えもするしお風呂にも一人で入って勝手に身体を洗います」とは言えないんだけど。

「何をしているのかな?」
 男性の声がして、ケイシーが深く頭を下げるのが見えた。
「ウォルター殿下!」
 女性たちの声がする。
 あ、ウォルター殿下がいらしたのね。
 アイリスは覗いていた扉から顔を離し、部屋の隅に歩いて行くと姿見の前に立つ。
 よし、髪も染めて三つ編みにしてるし、眼帯もしてるわね。

 アイリスが寝室を出ると、ウォルターが部屋に入って来る処だった。
 ケイシーと話していた女性たちもウォルターの来訪にそそくさと退散したらしく、ケイシーもいつもの無表情でウォルターに続いて部屋に入って来る。
 ケイシーが扉を閉めた事を確認すると、ウォルターはアイリスに向かって微笑んだ。
「退屈していないかい?アイリス」
「いえ。明日には東国の王太子殿下と対面するのだと思うと今から緊張してます」
 ソファに座ったウォルターが言い、アイリスがその向かいに座りながら答えると、ウォルターはクスクスと笑う。
「ラウル王太子殿下が到着されるのは明日の夕方だから、今から緊張してたら対面する前に疲れてしまうよ?」
「他国の王子、しかも王太子に会うなんて初めてですから…高貴な方は遠くから眺める物なんです。私にとっては」
「そう?じゃあ僕とセラは?」
 クスクスと楽しそうに笑いながらウォルターがアイリスを見た。
 セラは友達だわ。
 ウォルター殿下は?
 お姉様の婚約者。だけど、お姉様と婚約される前から殿下の事は知ってる。でも友達…とは違うし、幼なじみ?それもしっくりこないけど…
「幼なじみの…友人?ですかね…?」
「そうだね」
 少し首を傾げてウォルターは笑う。

「ラウル殿下と一緒に来られる婚約者のカルロッテ嬢は、一応ベンジャミン兄上の妃のコルネリア義姉上がホストとなられるのだけど、ヴィクトリアやセラの方が歳が近いから話し掛けられる場面も多々あるかと思うんだよ」
「カルロッテ様はおいくつなんですか?」
「カルロッテ嬢が二十歳、ラウル殿下が二十二歳だね」
 ベンジャミン殿下の妃コルネリア様が二十六歳だっけ。うん確かにお姉様の方が歳が近いわ。
「基本的には、カルロッテ嬢に話し掛けられたらセラが応えるよう決めているから、アイリスは無難に受け答えしてセラに話を繋いでくれれば良いよ」
 ケイシーが淹れた紅茶を飲みながらウォルターが言うと、アイリスは頷いた。
「わかりました」
「だからできるだけ僕かセラと一緒にいるようにしてね」
 ウォルターはニコリと笑う。
「はい」
 アイリスもニコッと微笑んだ。



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