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「私とジェイドはそんな…」
「うるさい!!お前はあの女の娘ですもの、男を誑かして取り入るくらいお手の物に決まっているわ!」
 ガンッ!と車椅子を蹴ると、マティルダはアイリスの前にしゃがみ込む。
 マティルダの血走った眼を見て、アイリスの背筋に悪寒が走った。
 ガツッとアイリスの顎を掴む。
「あの女の娘がヴィクトリアと同じ顔をしているだけでも腹立たしいのに、あの女と同じ青い瞳まで…お前は本当に忌々しい」
「……」
 お姉様だって、瞳は青いのに。
「ヴィクトリアの青い瞳は明るくて澄んだ旦那様のお祖母様譲りの瞳よ。暗くて陰気な青のお前とは違うの」
 顎を掴む手に力を入れるマティルダ。


「お前、ヴィクトリアの代わりにウォルター殿下の婚約者の振りをするそうね?」
 マティルダはアイリスの顎をグイッと持ち上げた。
「間違ってもヴィクトリアの評判を落とさないようになさい」
「いっ…」
 ギリギリとアイリスの顎を締め上げる。
「そしてくれぐれもウォルター殿下に色目を使わないように。ヴィクトリアを裏切れば…今度こそ死ぬ事になるわよ」
 マティルダはそう言うと、アイリスの顎を離した。

「さあ。ヴィクトリアの顔を見たんだからもう満足でしょう?早く出て行きなさい」
 冷たい声で言うと、マティルダは立ち上がり、また元の椅子に座る。
「ローレン、この娘を連れて行きなさい」
 アイリスに背中を向けたまま、扉の近くに立っていたローレンに声を掛けた。
「はい」
「そしてそのまま下がりなさい。忌々しい娘の顔を見た後に裏切り者のニコラスとジェイドの家族の顔など見たくもないわ」

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 部屋に戻ると、テーブルの上に封筒が置いてある事にアイリスは気付く。
 何だろう?
 昨日の朝…事故の前に部屋を出る時には何も置いてなかったわ。さっきジェイドとお姉様の所へ行くために部屋を出た時にはあったのかな?気付かなかったけど。
 部屋の中では動きにくい車椅子を降りて、扉の側に用意してあった松葉杖をついた。

「少し、一人にして」
 車椅子を押して一緒に部屋に入った侍女にそう言うと、侍女はすんなりと頭を下げて空の車椅子を押して廊下へ出て行く。
 ガードナー伯爵家にはアイリス専属の侍女やメイドは存在しない。ヴィクトリア付きでもマティルダ付きでもない侍女やメイドたちが当番制でアイリスの世話をしている。
 これはマティルダの決めた事で、アイリスとガードナー家の者が必要以上に親しくなるのを防ぐのが目的だ。現にアイリスには親しい侍女やメイドは居ない。侍女やメイドも少しでもアイリスと打ち解けるような様子を見せればマティルダの不興を買うし、アイリスもそのせいで侍女やメイドたちがマティルダに辛く当たられるのを見るのは嫌なので、互いに一線を引いているのだ。

 テーブルに近付くと、置いてあるのは何の模様もない白い封筒。宛名も書いてない。
「差出人は…?」
 手を伸ばして封筒を手に取ると、便箋が数枚入った通常の物より少し厚みがあり、紙ではない柔らかい感触があった。
 手紙じゃないわ。何だろう?
 封筒を裏返すと、差出人の名前もなく、封もしてなかった。

 封筒から出て来たのは折り畳まれた薄桃色の布。レースに縁取られた女性物のハンカチーフだ。
 ハンカチ?誰が?私に?
 ハンカチを開くと、一つの角にアイリスの花を模した小さな刺繍があった。
 私に、だ。間違いない。
 でも誰が?

 テーブルに置いた、ハンカチが入っていた封筒から小さな紙片がはみ出しているのに気付く。
「…あ」

【誕生日おめでとう W】

 ウォルター殿下だ…

 そうだ。「明日」が来るなんて思ってもみなかったし、ゴタゴタしてて忘れてたけど、今日、私の誕生日だったんだわ。
 十五歳の最終日を延々と繰り返して…毎日と直面して、いつまで続くのか、ただ絶望しかなかったのに。
「十六歳に…なったんだ…」
 そう呟くと、目頭が熱くなって、鼻の奥がツンと傷んだ。
 ジェイドもお姉様もどうなるのかわからないし、お姉様の振りが何故必要なのか、何をするのかもわからないけど…

 とにかく「明日」が来たんだわ。



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