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「アイリス様」
車椅子を漕いでアイリスが部屋に入ると、ベッドの側の椅子に座ったジェイドの父ニコラスが振り向いた。
「ジェイドは…」
「こちらへどうぞ」
ニコラスは立ち上がると、自分の座っていた椅子を除けて、その場所へとアイリスの車椅子を押してくれる。
ジェイドが青白い顔をしてベッドに横たわる様子が眼に入った。
「外傷は大した事はないのですが、全身打撲と肝臓に損傷があると医師より説明を受けました。…出血が多いと命に関わるそうで、今は絶対安静で様子を見ています」
アイリスの隣に立ってニコラスは淡々と言う。
「…私を庇ったと聞いたわ」
「ええ。ジェイドにとってアイリス様は大切な妹分であり、幼なじみですから当然です」
「……」
何度も繰り返した昨日までの「今日」でも、ジェイドは私を庇ってくれてたのかな。きっとそうね。
やっと「明日」が来たんだから、ジェイドにも助かって欲しい。
「ジェイド、アイリスよ。わかる?庇ってくれてありがとう。おかげで私は怪我も大した事なくて元気よ。ジェイドも早く目を覚まして、元気になって…」
アイリスは手を伸ばし、ジェイドの黒い髪に軽く触れた。
しばらくジェイドの顔を眺めていたアイリスは、ふと部屋にジェイドの母親が居ない事に気付く。
「ローレンは?」
「…奥様の所です」
ジェイドの母ローレンは「奥様」であるマティルダ付きの侍女としてこの伯爵家に勤めている。
マティルダはフランクの正妻でヴィクトリアの母親、アイリスの義理の母、つまりガードナー伯爵家の女主人だ。
「え?」
お義母様の所って…仕事って事?
どうしてこんな時に仕事なんて…
アイリスがニコラスを見上げると、ニコラスは少し微笑んでアイリスを見た。
「奥様もヴィクトリア様の事故で動揺されているんですよ」
-----
動揺してる時にいつもの気心知れた侍女に側に居て欲しいってお義母様の気持ちもわからなくもないけど、ローレンだってジェイドの傍に居たいだろうに…
ううん。
本当はお父様がお義母様に内緒で母さまを妾にした事や、それにニコラスが協力した事、母さまが亡くなって私を引き取った事も、お義母様は許してないって、知ってるわ。
車椅子に乗ったまま、ヴィクトリアの部屋をノックする。
中から出て来たのはヴィクトリア付きの侍女だった。
「アイリス様」
「お姉様のお見舞いがしたいの。良いかしら?」
「いえ、あの…」
侍女が、部屋の奥の方へチラリと視線を向ける。
「お義母様がおられるのは承知の上よ。お姉様の顔を見られるだけで良いの」
「でも…」
侍女が困惑した表情を浮かべると、部屋の奥から他の侍女の声がした。
「奥様が、アイリス様をお通しして良いと仰られています」
奥からアイリスの居る扉の所へやって来たのはローレンだ。
「ローレン」
「アイリス様、お怪我は…」
「ローレン!余計な事は言わないようにと言った筈よ!」
鋭い声が飛ぶ。
マティルダの声だ。
「申し訳ありません。さあ、アイリス様、どうぞ」
ローレンがアイリスの後ろに回り、車椅子のハンドルを持つ。
「ローレン…あの……」
ここで私が何かを言えば、後でローレンがお義母様に咎められるかも。
アイリスは首を捻って、振り向くようにしてローレンを見上げた。
声を出さないように「ありがとう」と言うと、ローレンはニコリと笑う。
「自分だけ軽傷で済んで、よくもヴィクトリアの前に顔を出せたわね」
車椅子を押されて寝室に入ると、ベッドの枕元の椅子に座るマティルダがアイリスに背を向けたまま、低い声で言った。
「お姉様は…」
車椅子を漕いでベッドに近付く。
マティルダの背中越しに横たわったヴィクトリアの姿が見えて、顔半分に大きなガーゼが当てられ、頭にも包帯をグルグルと巻かれているのに気付く。
「……!」
顔に、傷が!?
「ヴィクトリアは王子妃になる大事な身なのに、顔に傷が残るかも知れないのよ!」
マティルダは椅子を倒さん勢いで立ち上がると、アイリスを睨み付けた。
「いつ目覚めるか、目覚めないかもわからないだなんて…ジェイドは何故ヴィクトリアを庇わず、お前なんかを庇ったの!?」
「お義母様…」
「…お前が!」
アイリスがマティルダを見上げると、マティルダは足を振り上げ、アイリスが乗る車椅子の車輪を蹴る。
ガシャンッと音を立てて車椅子が倒れ、アイリスは床に投げ出された。
「っ…」
床には絨毯が敷かれているとは言え、怪我をした足を打ちつけたアイリスは思わず唸る。
「奥様!」
「うるさい!」
ローレンがマティルダを止めようと手を伸ばすと、マティルダはその手を振り払った。
「お前が!ジェイドを誑かしたんだろう!?幼なじみなどと聞こえの良い事を言って、実はジェイドと懇ろになっていたのね!?だからジェイドはヴィクトリアを放ってお前を庇ったのよ!」
マティルダは倒れた車椅子をガンガンと蹴り付け、アイリスは恐怖と痛みで床に身を丸めた。
「アイリス様」
車椅子を漕いでアイリスが部屋に入ると、ベッドの側の椅子に座ったジェイドの父ニコラスが振り向いた。
「ジェイドは…」
「こちらへどうぞ」
ニコラスは立ち上がると、自分の座っていた椅子を除けて、その場所へとアイリスの車椅子を押してくれる。
ジェイドが青白い顔をしてベッドに横たわる様子が眼に入った。
「外傷は大した事はないのですが、全身打撲と肝臓に損傷があると医師より説明を受けました。…出血が多いと命に関わるそうで、今は絶対安静で様子を見ています」
アイリスの隣に立ってニコラスは淡々と言う。
「…私を庇ったと聞いたわ」
「ええ。ジェイドにとってアイリス様は大切な妹分であり、幼なじみですから当然です」
「……」
何度も繰り返した昨日までの「今日」でも、ジェイドは私を庇ってくれてたのかな。きっとそうね。
やっと「明日」が来たんだから、ジェイドにも助かって欲しい。
「ジェイド、アイリスよ。わかる?庇ってくれてありがとう。おかげで私は怪我も大した事なくて元気よ。ジェイドも早く目を覚まして、元気になって…」
アイリスは手を伸ばし、ジェイドの黒い髪に軽く触れた。
しばらくジェイドの顔を眺めていたアイリスは、ふと部屋にジェイドの母親が居ない事に気付く。
「ローレンは?」
「…奥様の所です」
ジェイドの母ローレンは「奥様」であるマティルダ付きの侍女としてこの伯爵家に勤めている。
マティルダはフランクの正妻でヴィクトリアの母親、アイリスの義理の母、つまりガードナー伯爵家の女主人だ。
「え?」
お義母様の所って…仕事って事?
どうしてこんな時に仕事なんて…
アイリスがニコラスを見上げると、ニコラスは少し微笑んでアイリスを見た。
「奥様もヴィクトリア様の事故で動揺されているんですよ」
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動揺してる時にいつもの気心知れた侍女に側に居て欲しいってお義母様の気持ちもわからなくもないけど、ローレンだってジェイドの傍に居たいだろうに…
ううん。
本当はお父様がお義母様に内緒で母さまを妾にした事や、それにニコラスが協力した事、母さまが亡くなって私を引き取った事も、お義母様は許してないって、知ってるわ。
車椅子に乗ったまま、ヴィクトリアの部屋をノックする。
中から出て来たのはヴィクトリア付きの侍女だった。
「アイリス様」
「お姉様のお見舞いがしたいの。良いかしら?」
「いえ、あの…」
侍女が、部屋の奥の方へチラリと視線を向ける。
「お義母様がおられるのは承知の上よ。お姉様の顔を見られるだけで良いの」
「でも…」
侍女が困惑した表情を浮かべると、部屋の奥から他の侍女の声がした。
「奥様が、アイリス様をお通しして良いと仰られています」
奥からアイリスの居る扉の所へやって来たのはローレンだ。
「ローレン」
「アイリス様、お怪我は…」
「ローレン!余計な事は言わないようにと言った筈よ!」
鋭い声が飛ぶ。
マティルダの声だ。
「申し訳ありません。さあ、アイリス様、どうぞ」
ローレンがアイリスの後ろに回り、車椅子のハンドルを持つ。
「ローレン…あの……」
ここで私が何かを言えば、後でローレンがお義母様に咎められるかも。
アイリスは首を捻って、振り向くようにしてローレンを見上げた。
声を出さないように「ありがとう」と言うと、ローレンはニコリと笑う。
「自分だけ軽傷で済んで、よくもヴィクトリアの前に顔を出せたわね」
車椅子を押されて寝室に入ると、ベッドの枕元の椅子に座るマティルダがアイリスに背を向けたまま、低い声で言った。
「お姉様は…」
車椅子を漕いでベッドに近付く。
マティルダの背中越しに横たわったヴィクトリアの姿が見えて、顔半分に大きなガーゼが当てられ、頭にも包帯をグルグルと巻かれているのに気付く。
「……!」
顔に、傷が!?
「ヴィクトリアは王子妃になる大事な身なのに、顔に傷が残るかも知れないのよ!」
マティルダは椅子を倒さん勢いで立ち上がると、アイリスを睨み付けた。
「いつ目覚めるか、目覚めないかもわからないだなんて…ジェイドは何故ヴィクトリアを庇わず、お前なんかを庇ったの!?」
「お義母様…」
「…お前が!」
アイリスがマティルダを見上げると、マティルダは足を振り上げ、アイリスが乗る車椅子の車輪を蹴る。
ガシャンッと音を立てて車椅子が倒れ、アイリスは床に投げ出された。
「っ…」
床には絨毯が敷かれているとは言え、怪我をした足を打ちつけたアイリスは思わず唸る。
「奥様!」
「うるさい!」
ローレンがマティルダを止めようと手を伸ばすと、マティルダはその手を振り払った。
「お前が!ジェイドを誑かしたんだろう!?幼なじみなどと聞こえの良い事を言って、実はジェイドと懇ろになっていたのね!?だからジェイドはヴィクトリアを放ってお前を庇ったのよ!」
マティルダは倒れた車椅子をガンガンと蹴り付け、アイリスは恐怖と痛みで床に身を丸めた。
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