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 …眩しい。
 薄っすらと目を開けると、見慣れた自分の部屋。
「なんだ…」
 今度こそ終わるのかと思ったのに、また目が覚めてしまったのか…
 絶望的な気持ちでまた目を閉じた。

「アイリス」
 え?
 いつもの無表情な侍女の声じゃない。男性の声?
 お父様の声とも、ジェイドの声とも違う…
 恐る恐る目を開けると、アイリスの寝ているベッドからすこし離れた所に置かれた一人掛けのソファから立ち上がって、青紫色の髪を後ろで束ねた男性が心配そうな表情でアイリスの方を見ていた。
「……え?」
 この国で紫色の髪、と言えば王族である事を示すもの。
 王家の血が流れる者は紫の髪と瞳を持つ。色の濃淡や赤青寄りなどの違いや、幼い頃より成長に従って色が変化する者などはあれど、例外なく素地は紫なのだ。
 つまり、この青紫色の髪の男性は……

「…ウォルター殿下?」
 アイリスが起き上がりながら呟くと、男性はほんの少し口角を上げる。
「アイリス、そちらへ行っても?」
 切れ長の眼に、髪と同じ青紫色の瞳。
 形の良い鼻、薄い唇、女性と見間違えそうな整った顔立ちに柔らかそうな長い髪を後ろで束ねた第三王子ウォルターがアイリスを見ていた。
 アイリスは今までとは違う展開に気を取られていて、ウォルターがアイリスの部屋に居て、そこに侍女や側近も居ない異常な状況である事に気付いていない。
「はい…?」
 ウォルターが近付いて来るのを、アイリスはただ呆然と眺める。
 すると、ウォルターはベッドに片膝を乗せると、アイリスを抱きしめた。

「!!!?」
 え!?何で私がウォルター殿下に抱きしめられてるの?
 ゆ、夢?
 それにしては感触がリアルで、力が強くて息も苦しいし、暖かい体温も感じるし、それに何かウォルター殿下良い匂いするし!

「馬車が川に転落したと聞いて…無事で良かった…」
 アイリスの髪を撫でながらウォルターが感極まったように言う。
 え?馬車が川に…?
 じゃあ今はあの事故の、後、なの?
 …私、もしかして生きてる?
「ウォルター殿下、あの、今って事故からどのくらい時間が経ってるんですか?」
 王子に対するには雑すぎる話し方のアイリス。
 ウォルターに抱きしめられている上に、何度も繰り返したあの事故の後にも自分が生きているのかも知れないと思うと、現実感がないが故だ。
「事故は昨日のこの時間…丸一日前だよ」
 昨日!
 って事は、あの「今日」の次の日!
 って事は「明日」だ!
「明日が…」
 来たんだ。私に。明日が。
「明日?」
 自分は昨日と言ったのに、アイリスが明日と呟いたので、ウォルターが訝しむように言った。
「いえ、あの、昨日の明日が今日なんだな、と思いまして…」
「うん?うんまあそうだね」
 クスッとウォルターが笑う気配がして、アイリスはハッと気付く。
 私、ウォルター殿下に抱きしめられたままだ!
「ちょっ…殿下!離してください!」
 アイリスはウォルターの胸元を両手で押すが、ウォルターはビクともしなかった。

「あの、離して…」
 アイリスが上目遣いにウォルターの表情を窺うと、ウォルターは悲しそうな顔をして、でもそれを抑えるように口角を上げている。
 笑いながら泣いてるみたいな表情。どうして…?
 そもそも何でウォルター殿下が私を抱きしめてるの?こんなの婚約者であるお姉様が何て思うか…
 ……そう言えば、お姉様は?
 それにジェイドは?

 事故で、生き残ったのはお姉様一人だった筈。
 だとしたら、もしかして、私が生き残った代わりにお姉様が………?

 ドクン、ドクンと脈打ち始めた心臓を押さえながらアイリスは小さな声で問うた。
「ウォルター殿下…お姉様は………」
 すると、ウォルターはますます強くアイリスを抱く手にますます力を入れる。
「意識不明だ」
 短く言うウォルターの言葉に、アイリスは小さく息を飲んだ。
「……っ」
 …でも、意識不明って事は、死んでしまった訳じゃない。きっと目を覚ますわ。
「ウォルター殿下、離してください。私、お姉様の様子を見に…」

「僕のお願いを聞いてくれるなら、離すよ」

「お願い…ですか?」
 ウォルターを見上げるアイリス。
 ウォルターはアイリスに微笑み掛けながら言った。

「僕の婚約者の振りをして欲しい」






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