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番外編4
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4
王城の医療棟の医師として働き始めてちょうど二年。
地方で疫病が流行り、医師が足りなくなって、その疫病が流行っている地方の近郊の病院に派遣されてもうすぐ一か月が経つ。
ロードは意外な人物が病院の廊下に居るのに気付いた。
「…ベアトリス?」
修道服の女性がロードの方へ振り返ると、大きく眼を見開いた。
「え?ロ、ロード様!?何故ここに?」
「医師が足りなくて王都から派遣されてるんだよ。ベアトリスこそ、何故?」
「私は、医療奉仕です。ロード様お医者様になられたんですね。知りませんでした」
そういえば、ベアトリスは婚約破棄されて学園を卒業したら修道院へ行くんだと、いつかライネルから聞いたような…
ベアトリスの居る修道院がここから近いから医療奉仕に来ているのか。
「トリス!何してるの!?」
「あ、今行きます!」
廊下の向こうから同じ修道服の女性がベアトリスを呼び、ベアトリスは振り向いて返事をする。
「ではロード様。私はこれで」
「あ、ああ…」
ロードの方に向き直ってペコリと頭を下げると、ベアトリスは早足で廊下の向こうへ去って行った。
-----
俺がゲームのシナリオを逸脱したせいで攻略対象者や悪役令嬢の人生を狂わせてしまった。
ベアトリスは俺のせいで人生が狂った人間の一人だ。
俺がコンプリートなど目指さずに、素直に誰かのルートに入っていれば、ベアトリスが婚約破棄され、修道院へ入るような事にはならなかっただろう。
「本当に修道院へ入るべきだったのは、俺の方だよな…」
宿泊している病院の側の宿の部屋に戻ったロードはベッドに横たわって呟いた。
枕の下でカサッと紙の音がする。
「あ…アランとベスちゃんから手紙来てたんだっけ」
ロードは枕の下から封筒を引っ張り出し、寝たままで封筒の中身を取り出す。
封筒には、西国に行ったアランとエリザベスの近況を書いた便箋と、疫病を心配したアランが効きそうな薬を何種類か記してくれたメモが入っていた。
「元気そうで幸せそうだよな…ベスちゃん」
ベスちゃんとアラン、パティとアレンも俺のせいで人生が狂ったんだよな。パティもベスちゃんも俺が幸せにしたかったけど…違う形でも幸せになってくれて少しだけど救われる気がする。
「アレン殿下がパトリシア様とご結婚なさったのは知ってるんですけど、アラン殿下…あ、今は殿下じゃないんですよね。アラン公爵閣下やジュリアナ様はどうされているんですか?」
病院の廊下でシーツを畳みながらベアトリスが言った。
「ああ、アランは西国へ派遣されて行ってるんだ。ジュリアナはパティ…パトリシアのお兄さんと結婚したよ。今子供が二人いる」
ロードはベアトリスが作業している近くのベンチに座ってサンドイッチを食べながら言う。
「そうなんですか。そう…子供が…」
ベアトリスはシーツを畳む手を一瞬止めた。
「……」
ジュリアナはベアトリスと同じ様に俺を好きだったのに、その時の婚約者と結婚して子供も生まれて、それなのにベアトリスは婚約破棄されて修道院へ入れられて、結婚も子供も望めないのか。
本当に俺は何て事を…
「ジュリアナ様がお幸せそうで何よりです。ところでロード様それは昼食なんですか?」
また手を動かしながらベアトリスがロードを見ながら言う。
「ああ。患者が多かったんだ」
今はもう夕方。今日は外来の患者が多くて休憩が取れなかったのだ。
「流行り病…まだ収まりそうにないんですか?」
「そうだね。この病院でも患者が増えて来た。ベアトリスも手洗いはしっかりとね」
急に高熱が出る流行り病。菌なのかウィルスなのか…
解熱剤も効かず、基礎体力のない女性や子供、お年寄りには死者も出ている。
前世の記憶があってもこう言う時には役に立たないよなあ。
「手洗いですね。わかりました」
うんうんと頷くベアトリス。
「ロード様はいつまでこちらにおられるんですか?」
「うーん、この病院の医師が復活するまでは…あと一か月くらいはいるんじゃないかな?」
「そうなんですか。私は何人かの班で交代でこの病院で来ているので、今回は今日までなんです。次は三週空けて四週間後なので、またお会いできるかどうか微妙ですね」
ベアトリスはロードに笑顔を向ける。
「今日まで?」
「はい」
四週後だと、もしかしたら今日でもう会えないのかも知れない。何か…何かベアトリスの救いになる言葉を掛ける事ができないだろうか…
「あ…」
「トリス!いつまで話してるの!お医者様の邪魔をしないの!」
ベアトリスの先輩らしい修道女の声が響く。
「はい!申し訳ありません」
ベアトリスはそう言うと、ロードを見る。
「では、またいつかお会いできるのを楽しみにしてます」
笑顔で礼をして去って行くベアトリスの後姿を、ロードはじっと見つめた。
俺こそが元凶なのに、俺にベアトリスの救いになるような言葉など掛けられる訳ないか…
王城の医療棟の医師として働き始めてちょうど二年。
地方で疫病が流行り、医師が足りなくなって、その疫病が流行っている地方の近郊の病院に派遣されてもうすぐ一か月が経つ。
ロードは意外な人物が病院の廊下に居るのに気付いた。
「…ベアトリス?」
修道服の女性がロードの方へ振り返ると、大きく眼を見開いた。
「え?ロ、ロード様!?何故ここに?」
「医師が足りなくて王都から派遣されてるんだよ。ベアトリスこそ、何故?」
「私は、医療奉仕です。ロード様お医者様になられたんですね。知りませんでした」
そういえば、ベアトリスは婚約破棄されて学園を卒業したら修道院へ行くんだと、いつかライネルから聞いたような…
ベアトリスの居る修道院がここから近いから医療奉仕に来ているのか。
「トリス!何してるの!?」
「あ、今行きます!」
廊下の向こうから同じ修道服の女性がベアトリスを呼び、ベアトリスは振り向いて返事をする。
「ではロード様。私はこれで」
「あ、ああ…」
ロードの方に向き直ってペコリと頭を下げると、ベアトリスは早足で廊下の向こうへ去って行った。
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俺がゲームのシナリオを逸脱したせいで攻略対象者や悪役令嬢の人生を狂わせてしまった。
ベアトリスは俺のせいで人生が狂った人間の一人だ。
俺がコンプリートなど目指さずに、素直に誰かのルートに入っていれば、ベアトリスが婚約破棄され、修道院へ入るような事にはならなかっただろう。
「本当に修道院へ入るべきだったのは、俺の方だよな…」
宿泊している病院の側の宿の部屋に戻ったロードはベッドに横たわって呟いた。
枕の下でカサッと紙の音がする。
「あ…アランとベスちゃんから手紙来てたんだっけ」
ロードは枕の下から封筒を引っ張り出し、寝たままで封筒の中身を取り出す。
封筒には、西国に行ったアランとエリザベスの近況を書いた便箋と、疫病を心配したアランが効きそうな薬を何種類か記してくれたメモが入っていた。
「元気そうで幸せそうだよな…ベスちゃん」
ベスちゃんとアラン、パティとアレンも俺のせいで人生が狂ったんだよな。パティもベスちゃんも俺が幸せにしたかったけど…違う形でも幸せになってくれて少しだけど救われる気がする。
「アレン殿下がパトリシア様とご結婚なさったのは知ってるんですけど、アラン殿下…あ、今は殿下じゃないんですよね。アラン公爵閣下やジュリアナ様はどうされているんですか?」
病院の廊下でシーツを畳みながらベアトリスが言った。
「ああ、アランは西国へ派遣されて行ってるんだ。ジュリアナはパティ…パトリシアのお兄さんと結婚したよ。今子供が二人いる」
ロードはベアトリスが作業している近くのベンチに座ってサンドイッチを食べながら言う。
「そうなんですか。そう…子供が…」
ベアトリスはシーツを畳む手を一瞬止めた。
「……」
ジュリアナはベアトリスと同じ様に俺を好きだったのに、その時の婚約者と結婚して子供も生まれて、それなのにベアトリスは婚約破棄されて修道院へ入れられて、結婚も子供も望めないのか。
本当に俺は何て事を…
「ジュリアナ様がお幸せそうで何よりです。ところでロード様それは昼食なんですか?」
また手を動かしながらベアトリスがロードを見ながら言う。
「ああ。患者が多かったんだ」
今はもう夕方。今日は外来の患者が多くて休憩が取れなかったのだ。
「流行り病…まだ収まりそうにないんですか?」
「そうだね。この病院でも患者が増えて来た。ベアトリスも手洗いはしっかりとね」
急に高熱が出る流行り病。菌なのかウィルスなのか…
解熱剤も効かず、基礎体力のない女性や子供、お年寄りには死者も出ている。
前世の記憶があってもこう言う時には役に立たないよなあ。
「手洗いですね。わかりました」
うんうんと頷くベアトリス。
「ロード様はいつまでこちらにおられるんですか?」
「うーん、この病院の医師が復活するまでは…あと一か月くらいはいるんじゃないかな?」
「そうなんですか。私は何人かの班で交代でこの病院で来ているので、今回は今日までなんです。次は三週空けて四週間後なので、またお会いできるかどうか微妙ですね」
ベアトリスはロードに笑顔を向ける。
「今日まで?」
「はい」
四週後だと、もしかしたら今日でもう会えないのかも知れない。何か…何かベアトリスの救いになる言葉を掛ける事ができないだろうか…
「あ…」
「トリス!いつまで話してるの!お医者様の邪魔をしないの!」
ベアトリスの先輩らしい修道女の声が響く。
「はい!申し訳ありません」
ベアトリスはそう言うと、ロードを見る。
「では、またいつかお会いできるのを楽しみにしてます」
笑顔で礼をして去って行くベアトリスの後姿を、ロードはじっと見つめた。
俺こそが元凶なのに、俺にベアトリスの救いになるような言葉など掛けられる訳ないか…
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