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 週末、デンゼル家に戻ったパトリシアは、兄フレデリックの部屋を訪ねた。
「お兄様、ジュリアナ様と随分お会いしていないそうですけど」
 ソファに座ってそう切り出すと、フレデリックはパトリシアの方に身を乗り出す様にして言った。
「ジュリが何か言っていたのか?」
 真剣な表情にパトリシアは眉を顰めた。
「…お兄様、ジュリアナ様の事お嫌いになられた訳ではないの?」
 訝し気に言うパトリシアに、フレデリックはブンブンと首を横に振る。
「そんな訳ない」
「では、何故八か月余りもジュリアナ様を放置してるんですか?」
「いや、放置したつもりは…」
「でも会っていないし、連絡もしていないし…これって放置ですよね?」
 パトリシアは小首を傾げる。
「…そうだな」
 フレデリックはため息混じりに言う。
「何故ですか?」
「いや…最後にジュリに会ったのはアランの病室で…ジュリはビビアン・ミルトンを止める事ができなかったと後悔して泣いていて…」
 フレデリックは膝に手を置き、話し出す。
「ええ」
「その時、ジュリは『自分がロードを好きになったのは惚れ薬のせいではない』と言ったんだ。直接そう表現はしなかったが、そう言う意味の事を」
「ええ」
「それで…俺は卒業パーティーが終わるまではジュリに会わないと決めたんだ。ジュリは攻略対象者だからゲームが終わるまでその気持ちに変化はないだろうし」
「…じゃあ卒業パーティーから今までは?ひと月は経ちましたよ?」
 フレデリックは俯いてボソリと言う。
「だって…怖いだろう?」
「え?」
 パッと顔を上げるフレデリック。
「ゲームが終わると直ぐに気持ちが変わる攻略対象者も居れば、ゆっくりも気持ちが変わる攻略対象者も居るとアレンは言っていた。ジュリはどっちなのか…もしもゆっくりの方ならひと月くらいで気持ちは変わっていないかも知れない。まだロードを好きなのかも知れない。ジュリの方から何も言って来ないのはだからなんじゃないかと…」
「……」
「だって嫌じゃないか。他の男の事を想っている婚約者など、見たくはないだろう?」
 それは、そうね。でもジュリアナさまは…
「お兄様…」
 パトリシアが言い掛けた時、フレデリックの部屋の扉が勢い良く開いた。

「フレデリック!」
 ツカツカと部屋に入って来たのはレスターだ。
「レスター?」
「レスター殿下?」
「あ、パトリシア!丁度良かった!」
 レスターはソファに座るパトリシアを認めると、ドサッとパトリシアの向かい側、フレデリックの隣に腰掛けた。
 レスターがデンゼル邸を訪れるのは友人としてなので、王太子に対する堅苦しい挨拶などはしないのがこの幼なじみ間の慣習だ。
「私ですか?」
「そう。俺には女心はさっぱりわからんが、パトリシアにならわかるだろう?」

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「それはレスター殿下が悪いです」
 先日のレスターとミッチェルとの遣り取りを聞いたパトリシアはキッパリとそう言い切った。
「俺が悪いのか?しかし、ミッチェルにロードの事を吹き込んだのはきっとミッチェルに懸想する男だぞ?だからその男を割り出さなければ、と思ったんだが…」
「例えミッチェル嬢がレスターを嫌いになったと言ったとして今更婚儀が覆せる訳ではないだろう?何がしたいんだ?その男は」
「嫌いになったとか言うなよ…」
 レスターはがっくりと肩を落とす。
「『大嫌い』と言われたんだろ?」
 フレデリックはニヤニヤと笑いながらレスターを見た。
 レスターはジロッとフレデリックを睨む。
「きっとその男はミッチェルの愛人になろうとしているんだろう。跡継ぎさえ産めば、その後は仮面夫婦、双方愛人を持つ貴族は多い。王族とて例外ではないしな。もちろん俺は仮面夫婦になどなる気はないが」
 不愉快そうに眉を顰めたレスターは、はあ、とため息を吐いた。
「しかし『大嫌い』は破壊力が大きすぎる。パトリシアは言うなよ?アレンの心臓が止まるかも知れん」
「なっ何仰ってるんですか。それより、レスター殿下、順番が違うんです」
 パトリシアが少し慌てて言うと、レスターは「順番?」と首を傾げた。
「そうです。仮面夫婦になる心配をしてその男性を突き止めようとするより先に、ミッチェル様にお気持ちを伝えないから『嫌い』なんて言われるんです」
「気持ち?」
「ミッチェル様は、レスター殿下が、自分ではない人に心を向けたのが一番許せないというか、嫌なんですよ?」
「今はそんな気持ちはない、とは言ったが…」
「そうではなくて、今レスター殿下のお心を占めているのはどなたなんですか?」
「それはもちろん…」
「あ!それはここでは言わないでください。つまり、先ずそれをご本人に伝えなければ」
 パトリシアがそう言うと、レスターは何かに気付いた様な表情でソファから立ち上がった。
「わかった。これからミッチェルの所へ行く」
「はい」
 レスターはパトリシアに短く礼を言うと部屋を出て行った。

 パトリシアは呆気に取られた顔のフレデリックに言う。
「お兄様も!とにかくジュリアナ様の所へ行ってください!」


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