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 放課後の生徒会室へ呼び出されたエリザベスはソファの向かい側に座るアレンを見据える。
「今、私との婚約を解消したいと仰いましたか?」
「ああ」
 エリザベスはアレンにニッコリと笑い掛けた。
「アレン殿下、アラン殿下が罪人となって王籍から除されるとなれば、第二王子の貴方まで醜聞を起こすのは王家にとって…ボイル公爵家を敵にまわす事も含めて、得策ではないのでは?」
「アランが王籍を除されるかはまだ決まっていない。それに公爵閣下は政に私情を挟む方ではないと思うが」
 きゅっと唇を引き締めるエリザベス。
「愛娘ですもの。お父様でも多少の私情は入りますわ。それに…私にも自尊心や矜持がありますもの」
「エリザベスの矜持については、俺には謝る事しかできないが…」
「側妃を持つのなら許しますわよ?第三王子が罪に問われ、その婚約者の行き先に苦慮して第二王子の側妃として召し上げると言う筋書きならば」
 その言葉にアレンは眉を顰めてエリザベスを見た。
「…その場合、第三王子の婚約者は第二王子ではなく王太子の側妃となるだろうな」
 王太子が次の王位継承者である子をもうけ、その子が王位継承が確実な程の年頃に成長している。あるいは複数の王位継承権のある子が居る。どちらかを満たしていなければ、王太子に側妃が居ないのに第二王子が側妃を娶る事などあり得ない。
 側妃とは王位継承者を絶やさぬための制度なのだ。
「……」
「それに、エリザベスは夫である王子と心の通わぬ正妃であっても良いのか?」
「…そういう言い方は狡いです」
 エリザベスは膝の上に置いた自分の手をきゅっと握る。
 アレン殿下は今、例え私とこのまま結婚しても、心を通わせる事はない、と仰ったんだわ。「夫である王子と」とわざと他人事の様に言って「俺と」とは言わない。例え話でも私と結婚したくないと言う事なの?
 そんなに…そんなにパトリシア様がお好きなの?

「そうだな。狡いな。俺は」
 アレンは苦笑いを浮かべる。
「そうやって自虐的な事を仰るのも狡いですわ」
「そうだな」
「そもそも、パトリシア様はこの婚約解消についてどうお思いなんですか?」
 膝の上の手を更に強く握る。
「第三王子との婚約が駄目になりそうだから第二王子に乗り換えるおつもりなんですか?」
「パティはそんな…」
「パティって呼ばないで!」
 
 ああ、嫌だ。嫌な女だわ。私。
 だって私は王子の妃になりたかっただけで、アレン殿下を好きな訳じゃないんだもの。
 今も、アレン殿下が他の女を選んで、自分が捨てられる立場になるのが許せないだけ。
 アレン殿下がパトリシア様を想っておられた事、気付いていたのに、自分の自尊心が傷付くから婚約解消したくないと言っているのよ。
「エリザベス、本当に済まない」
 アレンは立ち上がると、エリザベスの前に跪いた。
「や…やめてください」
 少し慌てるエリザベスに、アレンは跪いたままで言う。
「昨日までは何とか受け入れていたんだ。パティ…パトリシアはアランを好きなんだと思っていたから。しかしパトリシアの気持ちが俺にあると知ると、箍が外れて…戻らない」
 少し俯いて、苦しそうにアレンは言う。
「……」
「…戻らないから、エリザベスに煮え湯を飲ませて我が意を押し通そうとしているんだ…本当に俺は狡いな…」

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「それでアレン殿下はエリザベス様が承諾されるまで陛下や議会へ婚約解消の申し出はなさらないと?」
 パトリシアの侍女マールが姿見の前に立つパトリシアのワンピースの裾を整えながら言う。
「ええ」
 パトリシアはワンピースを見下ろしながら頷いた。
「パトリシア様はそれで良いのですか?」
「…エリザベス様を傷付けるのは本意ではないわ」
「私にはパトリシア様が本当にそう思われている事がわかりますが、傍から見れば略奪しておいて綺麗事を言っているようにも聞こえますよ」
 マールが合わせ鏡でパトリシアに後ろ姿を見せながら言う。
「そうね。だからマールの前でしか言わないわ」
 パトリシアは少し笑ってそう言った。

「このワンピース、アレン殿下からの贈り物ですよね?」
「そうよ」
 外出用の小さなバッグを持ちながら、改めてパトリシアはワンピースを見下ろす。
 深緑の襟がマントのように肩に掛かるシンプルなワンピース。背中には小さなボタンが襟足からウエストまで縦にたくさん並んでいた。
「シックで大人っぽくて、今日のお出掛けの趣旨に合うし、パトリシア様にとても似合っています」
「ふふ。ありがとう。浮かれる様なお出掛けじゃなくてもお洋服が素敵だと気持ちが上がるわね」
「そうですね。それにしても、もう二か月経つんですねぇ…」
 今日はアランたちの処分が発表される日。パトリシアもアランの婚約者として父であるデンゼル侯爵と共に王城へ処分を聞きに行くのだ。


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