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 ロードがパトリシアを抱いて講堂から出て行くのが見える。
 パティを追わなくては。ロードに何をされるか…
 胸ポケットからナイフを取り出す。
 これで身体に傷を付ければ…
 アレンは講堂に立ち込める薬のせいで思うままに動かない身体を動かすため、ナイフを握り、腕に傷を付けようとする。

「アレン!」
 その時、後ろからアレンを呼ぶ声がした。
 振り向くと、舞台の袖から控室に通じる通路にアレンと同じ姿形の男性が立っている。
「アラン?」
 ほんの二時間程度前、病室で意識なく眠っていたのに…

「アレン。これを飲め」
 アランはアレンの側に跪くと、制服のポケットから小瓶を取り出した。
「今講堂に充満しているのは媚薬の一種で、これが中和剤だ。一、二分じっとしていれば効いてくる」
 アレンの手の平に蓋を外して小瓶を置く。アレンは躊躇なくそれを煽るように口に流し込んだ。
「辛抱してじっとしておけよ。早く動きすぎると逆に効きすぎてフラフラになるから」
「ああ…」
 早くロードとパティを追いたい…しかし薬に関してはアランの言う通りにした方が良い。
「アラン、ロードがこの薬を使うのを知っていたのか?」
「夏季休暇中に学園の薬草畑で見掛けて…写生して調べていたんだ。すぐ刈り取った様だが、乾燥させて、燻して、煙を吸引すると作用する物だから、いつか使うかもと思って中和剤を作っておいたんだ」
「いつか使うかも?」
「個人使用、訓練用だ。俺だってまさかロードがこんな大それた使い方をするとは思ってないよ!」
 個人使用?訓練?意味がわからん…が、それを追求するのは後だ。

「いつ意識が戻ったんだ?」
「何日かわからないけど少し前から病室の状況とかはわかっていたんだ。ただ目が開かなくて身体も動かなくて…さっきアレンとパティが病室を出て行ってすぐ、何と言うか、覚醒したって感じだ」
 そうなのか。道理で息が楽になった筈だ。物理的に離れたせいかと思っていたが…
「そろそろ動ける様になってきたか?」
 アランに言われて拳を握ってみる。
「ああ」
「俺がアレンに成り代わるから、パティを頼む」
 アランはアレンの付け毛を取ると自分の頭に付けた。
「…お前が追わなくて良いのか?」
 パティはアランの婚約者なのに。
「俺は何日も寝たきりだったんだぞ。そんなにすぐには動けないよ。それに」
 立ち上がるアレンを見ながらアランは苦笑いしながら言う。
「それに?」
「アレン、共鳴するのは痛みや苦しみだけじゃないんだぞ?」
「?」
「いいから早く行け。俺だって腐っても第三王子だ、振る舞う事くらいできるさ」
 バンッとアランはアレンの背中を叩いた。

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 アレンがずっとパティを好きなのは知っていた。
 今まで俺が「恋」をした事がないからアレンは気付かなかっただろうけど、双子が共鳴するのは怪我の痛みとかだけじゃないんだよなあ。
 もちろん俺だってパティはかわいいと思うし、幼なじみとして好きだと思う。でもアレンがパティの傍にいるだけで時折伝わって来る喜びや切なさ、胸が高鳴る様な高揚感などは今までパティにも、他の誰にも感じた事はない。
 ロードに会った時には俺もついに「恋」をするのかと思ったけど、それも何となく惹かれる程度で収まってしまったし。

 小さな感情の動きまでが伝わる訳ではないし、俺とパトリシア、アレンとエリザベス嬢の婚約が決まった時、アレンは特に抗う感じもなかった。それからも特に表立って婚約に対して何かを思っている様子もみせなかったし、それでも時々俺や他の男に強烈な嫉妬心を向けているのも伝わって来ていた。
 アレンが何も言わないから、それはそれとして割り切って居るんだろうと思って俺も何も知らない振りをしていたんだ。

 きっと、俺は情緒とかそう言う何かが足りない人間なんだろうなあ。

「さてと」
 アレンが裏から講堂を出たのを確認し、改めて講堂に倒れて呻いている生徒たちを見る。
 倒れてから十分くらいは経ったかな。さすがに講堂の皆に配る程の中和剤は作ってないし、どうするか…
 催淫剤の成分を先に抜かないと、身体が先に動く様になっちゃ不味いな。
 経口摂取の中和剤は二本作って、一本はアレンに飲ませたからあと一本。
「何もしなくても効き目は三十分くらいなんだが…」
 中和剤を作れる材料は王宮に戻らないとないし、往復して調合する間に効き目は切れるだろう。
 と、なると…
「いっそ睡眠薬を空調で流して皆眠らせてはどうですか?」
 声がして、アランは声の方へ振り向く。
 そこには、険しい表情のライネルが立って居た。

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