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「アレン殿下、お話って何でしょう?」
 ジェイが退室し、開けた扉の外に控えているのを見ながら、パトリシアはそう切り出した。
「俺が以前転生の事を話したのを覚えてるか?」
「あ…はい。覚えて……」
 首を傾げるパトリシアの様子にアレンは苦笑いを浮かべる。
「あまり覚えていないんだな?」
「…あの、正直、前世、転生、攻略対象者?後は悪役令嬢…?でしたか?この位の単語しか覚えてない…です」
 あの時は、私と婚約するのはアランだって聞いた時から、その後アレン殿下が何を言われたのか…全然記憶にないのよね。
「もっと色々と話したが…そうか覚えていないのか…」
 アレンは自分の顎に手を当てる。パトリシアは肩を竦めた。
「すみません」
「謝る事はない。荒唐無稽な話だったから無理もないさ」
 実は荒唐無稽な話だったのかどうかも記憶にないんだけどね…
 パトリシアは曖昧に微笑みながら頷いた。

「俺とアランが四年生、パティ…パトリシアが三年生の年にロード・フェアリという『ヒロイン』が三年生に編入して来る」
 うわ。久しぶりにアレン殿下から「パティ」って愛称でよばれたわ。エリザベス様がアレン殿下と私が親し気にするのを嫌がるから愛称では呼べなくなっちゃったのよね。
 エリザベス様としては呼び捨てじゃなくて他の令嬢と同じように「パトリシア嬢」って呼んで欲しかったらしいけど、そこはアレン殿下が「幼なじみなのは事実なんだから」って突っぱねたみたい。
 私も昔はレンちゃん、ランちゃんって呼んでたけど、二人が十歳になった頃に私のお父様から「幼い呼び方はやめなさい」って言われたのよ。あれからは普段はアレン、アランって呼びすてで呼んでて、三人以外の人が居る時には殿下って敬称を付けてたんだけど、アランと婚約してからはアレン殿下には三人の時でも、めったにないけど今みたいに二人きりの時でも敬称と敬語は外さなくなったんだよね。

「もう来月ですね。三年生に編入って…その方今まではどうなさってたんですか?」
「実はロード・フェアリは伯爵家の養子なんだ。フェアリ伯爵夫妻は結婚十年以上経つが子供を授からなかったため、三年前、親類の子供を養子にして、家庭教師を付けて勉学と貴族としての教育をしていたんだそうだ」
「では元は貴族ではない方?」
「フェアリ伯爵家の遠縁の男爵家の子だが、その男爵家は財政破綻していてロード・フェアリも伯爵家で使用人として働いていたらしい」
「そうなんですか」
 貴族の子供が他の貴族の家に仕える事はあるけど、所謂「没落」した貴族なら、生まれは男爵家でも貴族としての教育は受けてないんだろうな。だから学園へは入れず家で教育していたと言う事ね。
「伯爵家の跡取りとしては、残り二年でも学園へ入れて顔を広げておいた方が良いから編入する事にしたらしい」
「そうですよね。伯爵家の跡取りなら学園で貴族や国内の有力者の令嬢令息とお近付きになっておかなくちゃ……」
 ………ん?
 あれ?何か引っ掛かる気がする。
「パトリシア?」
 語尾が消えて、黙ってしまったパトリシアを、アレンが不思議そうに見ている。
「…アレン殿下」
「何だ?」
「私には殿下が言われた『攻略対象者』とか『悪役令嬢』とかの意味が良くわからないんですが…」
「ああ。まあそうだろうな」
「一般的に『ヒロイン』と言うのは、物事の中心人物を指したり、物語などの主人公や、主人公の相手役の事を指す言葉だと理解していますけど、合ってますか?」
「俺もそう理解している」
「じゃあ…ヒロインって女性の事…ですよね?」
「もちろん一般的にはヒロインとは女性を表すが、乙女ゲームに関しては、主人公は性別に関わらず『ヒロイン』だ」
 乙女ゲーム?また聞いた事ない単語が出て来たわ。

 この国では、長子の男子が家督や爵位などを継ぐと定められており、当主が死亡した場合など、妻や娘が一時的に爵位を持つ場合もあるが、それも親類の男性に家督を譲る許可が下りるまで、娘が結婚するまで、などの期間限定措置だ。
 そのロード・フェアリという人物が、伯爵家の跡取りとして養子になったと言う事は…

「つまり、ロード・フェアリは俺が前世でプレイしていた乙女ゲーム『溺愛生徒会』のヒロインで……男、だ」


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