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 グラフトン公爵家のヒューイの部屋のソファで向かい合っているのは、リンジーとケントだ。
 部屋には二人きりで、部屋の主であるヒューイも、ケントの侍従も、グラフトン家の侍女や従僕も居ない。
「ヒューイの居ないヒューイの部屋で、リンジーと対面している…何だかおかしな状況だな」
 紅茶を飲みながらケントが苦笑いで言う。
「そうよね」
 リンジーも紅茶を飲みながら笑う。

 リンジーとケントがヒューイの部屋に二人でいる今の状況は、ケントが「リンジーと二人だけで話したい」と言い出した事で生まれた。
 一番手っ取り早いのは、リンジーが王宮に行く事だが、それはヒューイが
「いくら俺が行き帰りは付いて行くとは言っても、ケントの部屋でリンとケントを二人きりにするのは嫌だ」
 と言って拒んだ。
 学園で第二王子と公爵令息の婚約者が二人きりになるのは、無理ではないが、第三者に知られた時には醜聞になってしまう。
 リンジーの家にケントが行く、というのも幼なじみとは言え外聞が悪く、結局はケントが訪れても、リンジーが訪れても不自然でないグラフトン公爵邸で、と言う事になったのだ。

 それにしても、ケントとは相変わらず一緒に昼食を摂ったりしてるのに、その時には話せない事って…?
 まあ、昼食時はユーニスも居るし、たまにはヒューイやザインも居る事もあるし…二人きりではないんだけど。
 だから二人きりじゃないと話せないって、ケントが私の事、すっ、好きって事と関係あるのかしら?
 と言うか、その事以外に思い付かないんだけど…
 紅茶を飲みながらケントをチラッと見ると、ケントはニコッと微笑んだ。
「ヒューイはどこで待ってるんだろうな?」
「え?リビングかな?」
「いや、俺はこの部屋を出てすぐの廊下に居ると思うぞ」
 ケントはクスクスと笑いながら言う。
「えー…」
 もしそうなら、ケントと私を信用していないって事じゃないの?
「初めてグラフトン家に来た時から、ヒューイは俺にリンジーを取られるんじゃないかと警戒しているからな」
「え?」
 取られる?ケントに私を?
 …そう言えばケントの事「数少ない俺より条件の良い相手」って言ってたわね。

「今日、どうしてもリンジーと話したかったのは、まあ…要するにヒューイが警戒しているような話しなんだが」
 それはつまり…
「リンジー」
 ケントは姿勢を正してリンジーを見た。
「はい」
 リンジーも姿勢を正してケントに向き合う。
「俺は学園を卒業したら臣籍降下し、王位継承権も返上する。そして王宮を出ていち貴族になる」
「…え?」
「リンジーがヒューイとの婚約解消のために出した条件には遠いが」
「あの条件は…」
 何もかもを捨てる覚悟。
 あの条件にはもうとっくに効力がなくなってるわ。今は婚約を継続するか解消するかの選択肢は私の手の中だもの。
「ああ。あの条件はもう無効だ。だからこそ、リンジーに俺を選んで欲しいんだ」
「…ケント」
 ケントは真摯な視線をリンジーに向ける。
「リンジーが好きだ。俺と結婚して欲しい」

「……」
 ケントは本気なんだわ。
 本当に私の事を結婚したい位に好きだと思ってくれてる。
 どうしよう。私…私は…
 目を泳がせるリンジーを見て、ケントはフッと微笑んだ。
「返事は来年の卒業パーティーまで待とうか?」
 リンジーを揶揄うように笑う。
「ケント…」
「ああ。そんな泣きそうな顔をしないでくれ」
 苦笑いを浮かべるケント。
 私、すごく情けない顔をしてるわ。きっと、今。
「わかっているんだ。本当は」
 苦笑いのままでケントはふうっと息を吐いた。

「リンジーは、例えヒューイとの婚約を解消しても、俺の事は選ばない」
「……」
「そうだろう?」
 …だって、ケントはヒューイの「兄弟」だもの。私がヒューイの気持ちを信じ切れなくて婚約を解消したとしても、ケントと結婚するなんて…できない。
「……ん」
 コクンと頷くリンジーの目から涙が一粒落ちた。
「泣かないで。リンジー」
「……」
 首を横に振る。
「リンジーはヒューイを好きだからな。ずっと。子供の頃から」
 違う。でも違わない。
「わからないの…」
 俯いて呟くリンジー。涙が次々と頬を伝った。
「ヒューイを好きかどうかが?」
 リンジーはまた首を横に振る。

「ただの刷り込みと、どう違うの…?」
「リンジーがヒューイを好きな気持ちが、刷り込みだと?」
 コクンと頷く。
「それにヒューイが私を好きって言うのも。ケントだって…」
「俺?俺がリンジーを好きなのも?」
「違うの?違うとしたら、どう違うの?」
 リンジーは顔を上げてケントを見た。
 ケントは優しく微笑む。
「刷り込みだとすると、何が問題だ?」
「え…?」
「俺たち三人の気持ちが『ただの刷り込み』だとして、リンジーにとっては何が問題なんだ?」



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