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「はっ。たわいないな」
男が鼻で笑うように呟く。
自分で唇の傷を噛み締めて、ズキズキと脈打つような痛みで頭の中の靄を払うリンジー。
…この変態加虐男め!
ケントがヒューイの家に預けられていた子供の頃、どんなに病気のお兄様を心配していたか、お兄様とも両親ともなかなか会えなくてどんなに淋しい思いをしたか、お兄様の病気が良くなってどんなに喜んだか、貴方は知らないでしょう?
そしてケント自身がどんなに第二王子派を疎ましく思っているか。王位に就きたいなどと一言も言った事もないのに勝手に祭り上げられるなんて、ありがた迷惑もいい処だわ。
「だからお前は邪魔なんだよ。リンジー・オルディス」
男が言う。
そりゃあ貴方にとってもザインにとっても私は邪魔なんでしょうけど…
ザイン…ザインはどうしてこの男にあの封筒を見せたんだろう?そもそもザインとこの男はどういう関係なの?
ザインはこの男がケントの側近だと知らなかったのよね?だから私の「婚約解消の条件」を見せた。
それだけこの男を信頼していたって事?
でも、ザインはヒューイの恋人…なんでしょう?
まさか…ヒューイを裏切ってたり…
…しない…わよ…ね…?
またぼんやりしてきたリンジーの頭の中に、舞踏会の日、抱き合ってキスをしていたヒューイとザインの姿が浮かんで来た。
「ヒュー…」
ヒューイ。
リンジーが呼んでもヒューイには聞こえない。
ヒューイ!
ヒューイ!
何度呼んでもヒューイの耳には届かない。
ザインと見つめ合うヒューイ。
ヒューイの瞳に映るのはザイン。
私じゃない。
「俺はリンジーの気が強い処が好きじゃない。それにピンクとかフリルとか好きだけど、見た目地味だから似合ってないしさ。ザインの方が…断然綺麗だろう?」
ヒューイの十二歳の誕生日に聞いた台詞が頭に響く。
心底うんざりした表情のヒューイが浮かぶ。
ヒューイのばか。
ヒューイなんて嫌い。
ヒューイなんて…
あ…駄目だ。
またぼんやりして…
駄目駄目。しっかりリンジー。
易々とこの男の思惑通りになってやるのは絶対に嫌。
リンジーは唇を噛む。
痛い。
婚約破棄されるのもいい。学園を辞めるのもいい。
それは私と我が家の事情だから。
でもね。ヒューイ。
ヒューイが私を婚約者に選ばなければ、ケントやルイス様を巻き込まなくて済んだのよ。
八つ当たりの上に逆恨みだってわかってる。
でも、ヒューイに一言、言ってやらないと気が済まない!
リンジーは目を開くと、縛られている両足首を思い切り振り上げた。
ガツッ!
とリンジーの履いている靴のつま先が男の後頭部に当たる。
「グァ」
男が言葉にならない声を上げてリンジーの上に倒れ込んで来た。
リンジーは力を振り絞って両手と両足で男の身体を押し退ける。
ガタンッ!
男の身体が壁際にあった机と椅子にぶつかった。
リンジーが身体を起こすのと同時に男も起き上がる。
「…貴女、本当に予想外の行動をしますね」
ゆらりと立ち上がった男は、口調は穏やかだが、表情に怒りが滲み出ていた。
男は自分のぶつかった椅子を掴むと、それを必死で後退りするリンジーの方へ投げる。
「!」
ガタッ!ガタンッ!
椅子はリンジーの腕に当たると、音を立てて後ろの収納棚に衝突した。
「折角温情を掛けてやったのに…よっぽど手酷くされたいらしい」
腕を押さえるリンジーに、口角を上げて近付く男。
怖い。
でも無抵抗より、手酷い方が余程良いわ。
縛られた両足で床を蹴りながら後退りするリンジーの背中は直ぐに収納棚に着いてしまう。
もう逃げられない。
そう覚悟したリンジーの前に男が立ち、右腕を振り上げた。
殴られる!
身構えて、ギュッと目を閉じるリンジー。
ボンッ!
低い爆発音。ドサドサと何かが落下した音。
「なっ!?」
「え?」
男とリンジーが同時に音のした方を見た。
屋根裏部屋への入口扉部分にぽっかり穴が空いて、扉と、その上に置いてあった箱が失くなっている。
「リン!」
穴から顔を出したのはヒューイだ。
「ヒューイ・グラフトン!?」
「ヒューイ?」
男とリンジーが驚いてヒューイを見ると、ヒューイに続いて騎士も屋根裏部屋へと入って来る。
「リンジー!」
ヒューイは脇目も振らずリンジーに駆け寄ると、瞠目するリンジーを抱きしめた。
「動くな!」
騎士が男に剣を突きつける。
「…ちっ」
男は舌打ちすると、降参を示すように両手を顔の横に上げた。
「はっ。たわいないな」
男が鼻で笑うように呟く。
自分で唇の傷を噛み締めて、ズキズキと脈打つような痛みで頭の中の靄を払うリンジー。
…この変態加虐男め!
ケントがヒューイの家に預けられていた子供の頃、どんなに病気のお兄様を心配していたか、お兄様とも両親ともなかなか会えなくてどんなに淋しい思いをしたか、お兄様の病気が良くなってどんなに喜んだか、貴方は知らないでしょう?
そしてケント自身がどんなに第二王子派を疎ましく思っているか。王位に就きたいなどと一言も言った事もないのに勝手に祭り上げられるなんて、ありがた迷惑もいい処だわ。
「だからお前は邪魔なんだよ。リンジー・オルディス」
男が言う。
そりゃあ貴方にとってもザインにとっても私は邪魔なんでしょうけど…
ザイン…ザインはどうしてこの男にあの封筒を見せたんだろう?そもそもザインとこの男はどういう関係なの?
ザインはこの男がケントの側近だと知らなかったのよね?だから私の「婚約解消の条件」を見せた。
それだけこの男を信頼していたって事?
でも、ザインはヒューイの恋人…なんでしょう?
まさか…ヒューイを裏切ってたり…
…しない…わよ…ね…?
またぼんやりしてきたリンジーの頭の中に、舞踏会の日、抱き合ってキスをしていたヒューイとザインの姿が浮かんで来た。
「ヒュー…」
ヒューイ。
リンジーが呼んでもヒューイには聞こえない。
ヒューイ!
ヒューイ!
何度呼んでもヒューイの耳には届かない。
ザインと見つめ合うヒューイ。
ヒューイの瞳に映るのはザイン。
私じゃない。
「俺はリンジーの気が強い処が好きじゃない。それにピンクとかフリルとか好きだけど、見た目地味だから似合ってないしさ。ザインの方が…断然綺麗だろう?」
ヒューイの十二歳の誕生日に聞いた台詞が頭に響く。
心底うんざりした表情のヒューイが浮かぶ。
ヒューイのばか。
ヒューイなんて嫌い。
ヒューイなんて…
あ…駄目だ。
またぼんやりして…
駄目駄目。しっかりリンジー。
易々とこの男の思惑通りになってやるのは絶対に嫌。
リンジーは唇を噛む。
痛い。
婚約破棄されるのもいい。学園を辞めるのもいい。
それは私と我が家の事情だから。
でもね。ヒューイ。
ヒューイが私を婚約者に選ばなければ、ケントやルイス様を巻き込まなくて済んだのよ。
八つ当たりの上に逆恨みだってわかってる。
でも、ヒューイに一言、言ってやらないと気が済まない!
リンジーは目を開くと、縛られている両足首を思い切り振り上げた。
ガツッ!
とリンジーの履いている靴のつま先が男の後頭部に当たる。
「グァ」
男が言葉にならない声を上げてリンジーの上に倒れ込んで来た。
リンジーは力を振り絞って両手と両足で男の身体を押し退ける。
ガタンッ!
男の身体が壁際にあった机と椅子にぶつかった。
リンジーが身体を起こすのと同時に男も起き上がる。
「…貴女、本当に予想外の行動をしますね」
ゆらりと立ち上がった男は、口調は穏やかだが、表情に怒りが滲み出ていた。
男は自分のぶつかった椅子を掴むと、それを必死で後退りするリンジーの方へ投げる。
「!」
ガタッ!ガタンッ!
椅子はリンジーの腕に当たると、音を立てて後ろの収納棚に衝突した。
「折角温情を掛けてやったのに…よっぽど手酷くされたいらしい」
腕を押さえるリンジーに、口角を上げて近付く男。
怖い。
でも無抵抗より、手酷い方が余程良いわ。
縛られた両足で床を蹴りながら後退りするリンジーの背中は直ぐに収納棚に着いてしまう。
もう逃げられない。
そう覚悟したリンジーの前に男が立ち、右腕を振り上げた。
殴られる!
身構えて、ギュッと目を閉じるリンジー。
ボンッ!
低い爆発音。ドサドサと何かが落下した音。
「なっ!?」
「え?」
男とリンジーが同時に音のした方を見た。
屋根裏部屋への入口扉部分にぽっかり穴が空いて、扉と、その上に置いてあった箱が失くなっている。
「リン!」
穴から顔を出したのはヒューイだ。
「ヒューイ・グラフトン!?」
「ヒューイ?」
男とリンジーが驚いてヒューイを見ると、ヒューイに続いて騎士も屋根裏部屋へと入って来る。
「リンジー!」
ヒューイは脇目も振らずリンジーに駆け寄ると、瞠目するリンジーを抱きしめた。
「動くな!」
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「…ちっ」
男は舌打ちすると、降参を示すように両手を顔の横に上げた。
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