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 ここ…どこ…?
 リンジーが目を開けると、そこは薄暗い部屋だった。
 横向きに寝ているリンジーの頬に当たる硬い感触は、床だろうか。肩にも腰にも脚にも同じく硬い感触がある。
 視線をだけでぐるりと辺りの様子を見ると、机と椅子、収納棚があり、天井が斜めになっている事に気が付いた。
 ここは、屋根裏部屋…かしら?
 どこかのお屋敷?
 背中の後で手首と、足首を縛られているらしく、身動きはできないが、猿ぐつわなどはされていない。
 これは…ここは大声を出しても誰にも聞こえない場所って事?

 部屋の隅の床に四角い扉があり、そこが唯一の出入り口のようだ。
 一面の壁に大きくはない窓が二つ並んでいて、カーテンが掛かっている。カーテンから漏れる光は明るく、日が高いだろう事がわかった。
 誰が何のために私を攫ったんだろう?
 あの花屋は「ヒューイからの贈り物」だって言ったけど、それは嘘よね。
 ヒューイが私に花束を贈る訳ないし、ましてピンクのバラなんて。
 もしかしてヒューイに何か恨みのある人の企み?
 でも婚約破棄寸前の婚約者なんて攫ってもヒューイにはダメージないだろうし、交換条件にも使えないしなあ。
 我が家の窮困はよく知られた話しだから、身代金目当てじゃないだろうし…
 じゃあ私目当て?
 いや、地味だからな。私。これはないな。ないない。

 リンジーはフルフルと首を振っていると、キィと高い音を立てて床の扉が開いた。
「!」
「ああ、目が覚めていたんですね」
 扉を押し上げながら黒髪の男が顔を出す。柔和な表情なのに、切れ長の目が鋭い眼光を放っていた。
「…誰?」
 リンジーは肘で上半身を少し起こすと、男を見る。
 どこかで見た?
「ああ、貴女とはなるべく顔を合わせないようにしていたので、私に見覚えがないんでしょうね」
 男は扉から下へと延びる階段を登ると、しゃがみ込んで扉を閉めた。
 なるべく顔を合わせないようにしていた、と言う事は、このひとは、顔を合わせてもおかしくない所にいる人と言う事よね?
 誰?誰なの?

 男は収納棚に入っていた重そうな木箱を扉の上に置いた。下から押し上げて開けるこの扉は、これで開けられなくなったのだ。
 そして、ニヤリと笑う。
 リンジーは身体を捩り、男から離れるべく後退りをする。
「あ…貴方誰なの?私を攫った目的は?」
「…何だと思います?」
 リンジーを揶揄うようにニヤニヤと笑う男。
「身代金目当てなら諦めて。知らないなら教えるけど、我が家すごく貧乏なの。莫大な借金もあるし。もしヒューイに身代金出させるつもりなら、それも無理よ。私とヒューイの婚約、もうすぐ破棄されるんだから」
 一息に言うと、男はますますニヤニヤと笑った。
「緊張すると饒舌になるんですね。なるほど『リンジーは気が強いようで実は怖がりなんだ。怖いからこそ虚勢を張る』と仰られていた通りだ」
「…え?」
 誰が、私の事をそんな風に言うの?

「その婚約破棄なんです。問題は」
 男が急に真顔になる。
「なに…?」
 怖い。
 リンジーの背中を冷たい汗が伝った。
「貴女の事は個人的には嫌いではありませんが、王太子妃には相応しくない」
「…え?」
 今このひと、王太子妃って言った?
 王太子ってケントのお兄様の第一王子の事じゃない。その王太子の妃と、私の何が関係あるの?

 男は困惑するリンジーの前に跪く。
「…お、王太子妃って、何?」
 ジリジリと後退りながら言うと、男は手を伸ばしてリンジーの膝に触った。
「ひっ!」
 触られた所から悪寒が身体中に広がる。
 膝を動かして手を除けようとするが、男はぎゅうっとリンジーの膝を握って来て、手は外れなかった。
「王太子妃とは王太子の正妻の事です」
「そっ…そんな事知ってるわ!王太子妃と私が何の関係があるのかって聞いてるの!」
 リンジーが言うと、男は笑う。
「はは。気の強い方ですねぇ」
「わかったわ。人違いよ!貴方王太子殿下の婚約者の公爵令嬢を攫いたかったのに、間違えたのね!?」
 そんな訳ない。頭ではわかってるけど、これしか答えが見つからないんだもの。
「家まで行って間違える訳がないでしょう?貴女、本当におもしろいですね」
 クスクスと笑う男。しかし目は笑っておらず、リンジーをじっと見続けていた。

「じゃあ…なん…」
 あ。
 一つの可能性に気付いてリンジーは男の顔を改めて見る。
「貴方…」
「お気付きですか?」
 男はリンジーの膝を掴んだまま、反対の手を伸ばし、リンジーの顎に下から触れた。
「ケントの…側近の人…?」
 じゃあ、第二王子派の…
 男はリンジーの顎から後頭に手を滑らせると、リンジーの髪を鷲掴みにする。
「痛っ!」

「正解です」
 髪を下に引っ張り、リンジーに上を向かせると、男はニッコリと笑ってリンジーの唇に噛み付くようにキスをした。



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