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「あら、折角両想いなんですからお付き合いしてみたら良いんじゃないですか?」
 侍女が言う。
「簡単に言うな」
 軽く睨むと、侍女は少し首を傾げた。
「上流階級では結婚と恋愛は別なんですから、メイドに手を出すご主人様や複数の愛人を侍らせる奥様がいる世界ですもの、その相手がたまたま同性だったと言うだけ、では?」
「極論だな」
 しかし一理ある。
「何かお悩みの時は私に相談してくださいませ。きっとヒューイ様のためになる答えを差し上げますわ」
 だから私をずっと傍に置いてくださいね。と侍女は言った。

 ザインが好きだ。
 同性婚が認められないこの国では、結婚という目に見える約束はできないし、むしろ兄弟のいない自分はいつか妻を娶り後継ぎをもうけなければならない。
 それでもずっとザインといたい。だから、俺の恋人になってくれないか。
 俺は嘘偽りなくザインにそう告げた。
 泣きながら頷くザインを抱きしめて、初めて唇を重ねたのはこの日だった。

 恋焦がれる相手と心と身体を重ねる経験をしてしまうと、心が伴わない侍女との関係がますます煩わしくなる。
 俺は学園に入学するのを期に、あの侍女を俺付きから外してもらう事にした。

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 メイドが押して来た紅茶のポットとカップの乗ったワゴンをザインは廊下で「後は俺がやるよ」と受け取ると、メイドが去って行くのを確認して、上着の内ポケットから薬包を取り出した。
 痛み止めだと言ってこのまま渡そうか…いやそれでは量が多すぎるな。
 ザインは薬包を開けると、粉薬を紅茶の入ったポットへサラサラと入れた。

「ヒューイ、具合はどう?」
 部屋の扉を開けて、ワゴンを押して中に入る。
 ヒューイはソファに座って封筒をじっと見つめていた。
「……」
「鎮痛効果のあるハーブティーだよ」
 ポットから紅茶を注ぐと、カップをヒューイの前に置く。
「ああ、ありがとう」
 ヒューイは封筒を片手で持ったまま、カップを持ち、紅茶を飲んだ。

「…開けないの?」
 ザインがヒューイが手にしている封筒を視線で示しながら言う。
「考えていたんだ」
「何を?」
「俺はいつからリンジーに嫌われていたのか、と」
「嫌いだと言われたの?」
 俯いて言うヒューイをザインはじっと見つめた。
「はっきり『嫌い』と言葉にはしなかったが…少なくとも好かれてはいないな」
「そう…?」
「そうだ」

 リンジーは泣きながら「触らないで!」と俺を拒絶した。
 それに「好きな相手と幸せになりたい」と…それはそうだ。リンジーが、夫婦が想い合う結婚をしたいのなら、俺と結婚しても幸せにはなれないと言う事だから。
 だから、リンジーがこの封筒の中にある条件を満たす男を探そうとするのは当然なんだ。

「リンね、リンね、ヒューイがだあいすき!」
 まだケントともザインとも出会う前、リンジーはよくそう言って満面の笑みで俺に抱きついて来ていた。
「ぼくもリンがだいすき」
 小さなリンジーと小さな俺の幸せな時間。
 いつまでもリンジーはあの時のままだと何故か思い込んでいた。俺の気持ちがあの時のままではないのに、何故リンジーだけがあの時のままだと思っていたのか。

「リンジーとの契約結婚…やめる?」
 ザインが恐る恐ると言う風にヒューイを見る。
「……」
「リンジーじゃなくてさ、他の女性ひとを探せばどうかな?ヒューイならそれこそ選び放題だろう?」
 お願いだから「そうだな」って言って。ヒューイ。
「……」

 押し黙り、封筒をただ見つめるヒューイの腕に、ザインは自分の手を置く。
「ね?ヒューイ、そうしよう?」
「……」
「そうしたらこれも見なくて済む。やっぱり約束を破るのは良くないよ」
 ヒューイが持つ封筒にそっと触れ、封筒を手から取ると、テーブルの上に置いた。
「は…」
 封筒が手の中からなくなり、ヒューイは両手を組み合わせてため息を吐く。
「ね。ヒューイ」
 組み合わせた手の上に、掌を重ねるザイン。
「…そう…だな」
 呟くように言うヒューイ。

 言った。ようやく。
 ザインは俯くヒューイから顔を逸らして口角を上げた。



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