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「レナード様!」
 休日のキャストン邸、レナードの部屋へマルティナが飛び込むように入って来た。
「マルティナ殿下?」
 ソファで本を読んでいたレナードは驚いて顔を上げる。
「レナード様」
「ああ、もう松葉杖がなくても歩けるのですね」
 レナードはソファから立ち上がると、部屋に入った所で立っているマルティナの側に行く。
「もう三カ月近く経ちますもの。それに松葉杖なしで歩けるようになったのは二週間も前です」
 マルティナはレナードを上目遣いに見た。
「…どうして、ご連絡頂けないんですか?」
「殿下には考える時間が必要かと思いまして」
 優しい笑顔のレナード。
 マルティナはそんなレナードに少し距離を感じた。
「……」
「殿下?」
「…レナード様は私がブライアンお兄様を選ぶと思っておられるんですか?」
 マルティナがじっとレナードを見ながら言うと、レナードは困ったように笑う。
「そうなった時の心の準備はしています。王家がそう決めたなら、伯爵家の嫡男に過ぎない自分にはどうする事もできませんから。それに…」
「それに?」
「諦めるのは慣れているんです」
「え?」

「まだフィオナがレオン殿下と婚約する前、私がまだ学園を卒業する前ですが、一つ歳下の伯爵令嬢との結婚話がありまして」
「え?」
 結婚…ああでもレナード様の年齢を考えれば今まで何もない訳がないし、何の不思議もないお話だわ。
「実は相手の伯爵令嬢とは生徒会のサポートメンバー同士でして、それなりに仲が良かったと申しますか…」
「仲が良かった?」
「健全な、お付き合いを…」
「お付き合い!?」
 レナードは苦笑いをする。
 …お付き合いって、恋人同士だったって事…よね。
「まあ、それで…婚姻を申し込んだんですが」
「が?」
「同じ時期に他の伯爵家から婚姻申込みがあったそうで、お断りされまして」
「お付き合いをしていたのに?」
「まあ…彼女を擁護するなら、そう決めたのは彼女ではなく、家という事ですかね」
 レナードは軽く肩を竦める。
「彼女の家にとっては、我が家は格下なのだな、と、その時身に沁みました」
「…でも、今も婚姻の申込みが来ているんでしょう?フィオナとレオン兄様が結婚したらもっと増えるって」
「それも。王家…国家の中枢に近付きたい家の思惑ですからね。いずれはその中から我が家に一番有利になる相手を選ぶ事になりますが。そう言う意味でも自分の結婚に関しては色々と、諦めているんです」
「それで、私の事も諦める…?」
 マルティナがそう言うと、レナードは笑う。
「…諦めたい訳ではないんです」
 レナードはそう言うと、マルティナを抱き上げた。
「きゃ!」
「まだ足も完治しておられませんし、ソファへ座りましょう。扉は開けておきます」
 レナードはマルティナをソファに降ろすと、マルティナの前に跪いた。
「こうして部屋まで来てくださると言う事は、多少は期待を、しても良いのでしょうか?」
 そっとマルティナの手を取って指先に口付ける。
 マルティナはこくんと頷いた。

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 ブライアンは王城にある貴族の罪人を捕らえている部屋へ入る。二重扉で出入口は一つしかなく、窓の小さい部屋だ。
「オズバーン公爵家の従属爵位を名乗る事になりました」
 扉の前に立ってブライアンが言うと、ソファに座ったレオナルド・オズバーン公爵がニヤリと笑う。
「…無難な選択だな」
 この国では侯爵位以上の家は従属爵位を持っている。複数の爵位を持つ家もあり、次男三男が従属爵位を名乗ったり、国の許可があればその従属爵位を独立させる事もできる。
 ブライアンは王家の籍を抜け、母の実家であるオズバーン公爵家の籍に入る。まずは公爵家の従属爵位である「伯爵」を名乗り、いずれは伯爵家として独立する事になるだろう。
「そうですね」
 苦笑いをするブライアンに、レオナルドはポツリと言った。
「眼は…治らないのか?」
「父上は、国内外から良い医者を探す、と」
「ふん。親らしい事を言うもんだな」
 鼻で笑うように言うが、ブライアンには安堵の声にも聞こえる。
「父上は私のために私財で王都に屋敷を建てると仰られますが、私はオズバーン家のいずれかの領地に移り住もうかと考えております」
「そうか」
「そして、その際、スーザンを妻として伴おうかと」
「キッシンジャーの小娘をか」
「はい」
「…あの小娘には度胸がある。ブライアンの良い相棒になりそうだな」
 レオナルドはスーザンに刺された腰をさすりながら薄く笑って言った。
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