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 フィオナに前世の記憶が甦ったのは12歳の時。
 王城に近くに屋敷のある上位貴族の子供たちが王子や王女の遊び相手として王宮に招かれているのは知っていたが、フィオナの生まれた伯爵家の屋敷は王都の端にあるので、フィオナも、十歳上の姉パトリシアも、七歳上の兄レナードも、遊び相手として王宮に行った事はなかった。
 たまたま王都の端にある湖に遊びに来た王子と王女が、たまたま馬車のトラブルに見舞われ、たまたま近くのキャストン伯爵家に寄った事で、フィオナたち兄妹と14歳のレオン、レオンの妹で12歳のマルティナは知り合ったのだった。

 下げていた頭を上げてレオンとマルティナの顔を見た途端、フィオナの視界はグラリと揺れた。
 …え?
「危ない」
 倒れかけたフィオナをレナードが支えてくれる。
「…ごめんなさい。お兄様」
「レオン殿下、マルティナ殿下、申し訳ありません」
 パトリシアがフィオナを隠すように背に庇い、頭を下げた。
「いや、そのは身体が弱いのか?」
 レオンが言うと、レナードは
「いえ。どちらかと言えば逆で…王子殿下の御前で緊張したのでしょう」
 と言い、パトリシアは
「きっとお腹が空いているんですわ」
 とコロコロと笑いながら言った。

 レナードから「部屋に戻っていなさい」と言われ、私室に戻ったフィオナは、全身が写る鏡の前に立つ。
「…私、20歳の女子大生じゃなかったっけ?」
 鏡に写る自分は黒髪にと濃茶の瞳には懐かしさがあるが、顔立ちは全然違った。
 頭が混乱してる。あれ?フィオナって私よね?伯爵家の三兄妹の末っ子で、今12歳で…
 …でも東京の大学の二回生で…お父さんとお母さんと、高校生の妹の四人暮らしで。
 そうだ、交差点で衝突した車が歩道に飛び込んで来たんだ。それで…
「これって…生まれ変わったって事…?」

「フィオナ…さん」
 声の方を振り向くと、マルティナが部屋の扉からこちらを見ていた。
「マルティナ殿下」
「あの、ね。フィオナさんとティナ…私って同じ歳なんだって。それで、あの、お友達になってくれないかな、って」
 少し俯いてはにかむようにマルティナが言う。
 薄紫のウェーブした髪に紫の瞳。王族の色のマルティナは高貴なのに可憐だった。
「かっ、かわいっ」
「え?」
「いいえ!こちらこそ、是非お友達になってください!」
「本当?嬉しいわ。フィオナって呼んでも良い?」
 照れたように笑って小首を傾げるマルティナ。
 かっかわいい!
「もちろんです!殿下!」
「私の事も呼び捨てで良いわ。気さくに話して欲しいの」
「…良いのですか?」
「でも親しい人だけの時だけね。フィオナが周りから不敬だと言われたら困るから」

 二人で庭に出ると、レオンが駆け寄って来た。
「ティナ。どこへ行っていたんだ?」
「レオン兄様、私フィオナとお友達になったんです」
「フィオナ?」
 レオンはマルティナの隣に立つフィオナを見る。
 あ、王子の前だから礼?
「ああ、さっきの。具合はもう良いのか?」
 礼を取ろうとしたフィオナを手で制して、レオンはフィオナの顔を覗き込んだ。
「はい」
 うわー。かわいいマルティナのお兄さんはやっぱりカッコいいのね。レオン殿下は髪の色が濃い紫なのね。瞳の色もマルティナ殿下より濃いめだわ。確か二つ上だからまだ14歳…この分だと大人になったら超絶美形兄妹になるわね。この二人。
「お腹が空いていたのか?」
 レオンが笑いを堪えた表情で言う。
「違います!お昼ご飯はがっつり食べました!」
 フィオナが力強く言い切ると、レオンが吹き出して大笑いし、マルティナも肩を震わせていた。

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 伯爵家の令嬢であるフィオナ・キャストンと、第二王子であるレオン・ルーセントの婚約が整ったのは、フィオナが13歳、レオンが15歳の時だ。

 初めてレオンとマルティナがキャストン伯爵邸を訪れた日から数日後、フィオナに届いたレオンからの手紙には「フィオナと婚約したい」と書かれていた。
 …は?数日前に、たった一度、ちょっと話しただけの相手と婚約したい?
 婚約って事はいずれは結婚でしょ?レオン殿下何考えてるの?
「はっ!何か企んでる!?」
 もしやこれって前世で流行ってた「転生」「乙ゲー」「悪役令嬢」展開なんでは!?
「でも私、ゲームやらなかったし、ラノベも漫画もそういう系は読まなかったから、ここが『何か』の世界なのか、まったく関係なく生まれ変わっただけなのか、判らないのよね…」
 ただ、前世の記憶を思い出したのは、レオンとマルティナを見た時だ。何か関係があるのかも知れないとフィオナは思っている。
 フィオナはレオンからの手紙を鍵のかかるドレッサーの引き出しに仕舞うと鍵を掛けた。
 …とりあえず、見なかった事にして時間を稼げないかなあ?


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