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「納得いきません」
 アリスは俯いて、きっぱりと言った。
「アリス」
 ライアンが言うと、アリスは顔を上げ、涙の浮かんだ眼でカイルを見る。
「だって…私の事、好きだって言ったじゃないですか。レイラ様には一線を引かれてて淋しいって。レイラ様との婚約は解消するつもりだって…言ったのに…」
 アリスの眼から涙が溢れる。
 いじらしくて、どうにかしてやりたい衝動に駆られるが、カイルは自分の手をぐっと握り、それを堪えた。
「済まない」
 その時は本当にそう思った。だから言い訳はできない。
 カイルは口元を引き締める。
「アリス、帰りましょう」
 ライアンが言うが、アリスは首を横に振った。
「…だって、私が選んだのに…どうして?」
 小さな声で呟く。
「アリス?何を言って…?」
 ライアンがアリスの肩に手を乗せると、アリスはその手を振り払って言った。

「私が選べば、必ずその男性ひとと結ばれるって!言ったのに!」

-----

「私は、レイラも私もいなくなれば良いと思ったんです。だからレイラが屋上から転落したのは私のせいです」
「ミシェル」
 ミシェルの父モーリス公爵が執務机をコツコツと爪で叩く。
「お父様。ですから私は王子妃には相応しくありません」
「あれは事故だ。お前がたまたま転倒した時、たまたま隣に居たハミルトン伯爵令嬢を巻き込んだ。それ以外に真実などない」
「違います」
「お前は予定通り第一王子に嫁ぐ。イアンも呼び戻さない。これでこの話は終わりだ」
「お父様」
「体調不良で学園を休んでいるんだ。部屋で大人しくしていろ。それに食事を摂っていないらしいな。抗議のつもりか知らないが無意味な事はするな」
「違います。お父様」
「この話は終わりだ。何度も言わせるな」
 父は机の上の書類へと視線を落とす。
 もうミシェルが何を言っても反応はないだろう。

 私のせいで。
 レイラは生死を彷徨って、後遺症が残るかも知れない。イアンは解雇され、その後どこへ行ったのかも判らない。
「う…」
 部屋に戻ったミシェルは吐き気を覚えてしゃがみ込む。
「ミシェル様、大丈夫ですか?」
 ミシェル付きの侍女エマが駆け寄って来る。
「…私に…触らないで…」
 背中を摩ってくれるエマに言う。エマは心配そうに眉を寄せた。
「ミシェル様…」
「…ごめんなさい。大丈夫だから。お水をもらえる?」
「はい!」
 エマが水差しを取りに行ったので、ミシェルはよろよろとソファに近付く。
 倒れ込むようにソファに座る。
 私のせいなのに、このままサイラス殿下と結婚だなんて、サイラス殿下にもレイラにも会わせる顔がないわ。
 私は…どうしてあんなにレイラを憎いと思ったの?
 何故イアンは「自分のせいだ」なんて言ったの?
「ミシェル様お水を」
 エマが水の入ったコップを渡してくれる。
「ありがとう」
 ミシェルはエマに笑顔を向けた。

「ミシェル様、無理して笑わないでください…」
 エマが思い切ったように言う。
「…エマ?」
「ミシェル様、お食事も喉を通らなくて、食べても戻して…お辛いのに、私たちにまで気を使わなくて良いんです」
 エマの眼に涙が浮かんでいる。
「…ありがとう」
 首を横に振るエマ。
「ミシェル様、私、イアンに頼まれていたんです」
「え?」
「あの日、イアンがミシェル様を連れ帰った日、イアンは私たちに『ミシェル様はご自分が屋上から転落しそうになった事と、レイラ様が転落する場面を目撃してしまった事で衝撃を受け気を失われた』と言いました」
「……」
「そして、旦那様とお医者様とイアンとで、目覚めてもきっと錯乱しているから落ち着くまで鎮静剤で眠らせておく、とお決めになりました」
「そう…」
「そして、五日後、イアンは使用人皆の前で『ミシェル様を危険な目に合わせた責任を問われ、解雇になった』と言いました。ミシェル様が目覚めたら一言お詫びを言うために今日まで公爵家ここに置いてもらっていたのだと」
 責任なんて、イアンにはないのに。
「私はイアンに『自分が謝罪以上の事を言おうとしたら、直ぐに間に入ってくれ』と頼まれていたんです。…ミシェル様がこんなにお辛い思いをされるなら、イアンを止めずに全ての事情を話すよう促せば良かった…」


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