上 下
27 / 57

26

しおりを挟む
26

「頭から落下していたのが、途中の木に衝突したお陰で勢いが弱まり足からの落下になったようです。そのまま頭から地面に衝突していれば恐らく…」
 即死だったろう。医師はそう含んで言葉を濁した。
「左大腿部の解放骨折に、左上腕の骨折、左手首の骨折。大きな内蔵損傷はなさそうですが、小さな物はまだ分かりません。木に当たった事による頭部の裂傷。全身打撲…打撲や擦過傷などは数え切れない程です」
 翌日の昼前、処置を終えて処置室から出て来た医師はライナスにそう説明をする。
「今は状態は落ち着いていますが意識はありません。いつ急変するか、予断は全く許されません」
「はい」
「傷の治療をしながら様子を見る事しか今はできませんので…」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
 近くのベンチに座ったサイラス、遠くのベンチに座ったカイルとライアンは医師とライナスの会話を黙って聞いていた。

「会えますか?」
 ライナスがそう医師に聞くと
「お身内の方なら…」
 と医師は言った。
 ライナスは振り向いて「カイル」と呼んだ。敬称のない、幼なじみの呼び方だ。
「え?」
 俯いていたカイルは顔を上げ、ぼんやりとライナスを見た。
「先生、カイル殿下は妹の婚約者なんです。身内ですよね?」
「そうですね」
「ほら。カイル、来い」
 ライナスが手招きをする。
「は…」
 立ち上がろうとしてカクンと膝から力が抜ける。
「おっと」
 倒れかけたカイルの腕をライアンが掴む。
「しっかり歩け」
 ライアンはカイルの腰の辺りを軽く叩いた。

 カイルとライナスが処置室へ入って行き、扉が閉じられると、サイラスは
「はあ~」
 と長いため息を吐いた。
「サイラス」
 ライアンが立ち上がってサイラスの隣へ座る。
「キャロライン嬢からの手紙とやらを見せろ」
「あ、ああ」
 俯いたままのサイラスに言われ、ライアンはポケットから折り畳まれた紙を取り出す。紙と一緒に指輪が出てきてカチンと音を立てて床に落ちた。
「あ」
「指輪?」
「ああ…洗濯したけど入ったままだったんだな…」
 ライアンは一人暮らしなので、洗濯前にポケットを確認してくれるような使用人などはいないのだ。
 ライアンは紙をサイラスに渡し、指輪を拾うと、少し眺める。
「…それで?キャロライン嬢の話を聞いて、心境の変化はあったのか?」
 指輪をまたポケットに戻す。
「正直に言えば、頭が混乱してて分からん」
「そうか」
 サイラスは受け取った紙を開いた。

【強制力が働かない者が居る。】
【自身の感情を疑え。】

 この二文のみが書かれていた。

-----

 キャロラインは涙を流すカイルの顔と髪を丁寧に拭くと、ポケットから新しいハンカチを出してカイルに持たせる。
「カイル殿下、私が今から言う事、不敬だと思っても最後まで聞いてくださいますか?」
「…ああ」
「私がライアンに渡した手紙ってお読みになりましたか?」
「いや」
 アリスは覗き込んでいたが、カイルは中は見ていない。
「私はあの手紙に『強制力が働かない者が居る』『自身の感情を疑え』と書きました。そうよね?ライアン」
 キャロラインはちらっとライアンを見る。
「あ、ああ」
 廊下に立ったままのライアンは頷いた。
「強制力…?」
「そうです」
 キャロラインは深く頷くと、言った。
「私は、カイル殿下やアンソニー・フォスター、フレディ・ダスティン、サミュエル・セイモアがアリス・ヴィーナスに恋愛的に惹かれたのは、強制力が働いたせいだと考えています」
「……」
 キャロラインの言葉にカイルは目を見開く。
「キャロライン?何言ってるんだ?」
 ライアンが一歩キャロラインに近付くと、キャロラインはジロリとライアンを見た。
「ああ、ついでにライアン・ハミルトンも」
「なっ…」
 キャロラインはふいっとライアンから視線を外すと、またカイルを見る。
「強制力で、アリスに惹かれた、とは?」
「はい。随分前の話ですが、学園の生徒会役員が侯爵令嬢殺害未遂事件を起こした事があります」
「…殺害未遂?」
 カイルが呟く。
「それは、五代前の王の時代だな?」
 サイラスが言うと、キャロラインはサイラスの方を向いて頷いた。
「サイラス殿下よくご存知ですね」
「その侯爵令嬢は当時の第二王子の婚約者で、後に王弟妃となった令嬢だからな。俺もそういう事件があったと言う事だけは知っている」
 第二王子の婚約者?…レイラと同じ?

「私はその当時の生徒会役員の家を訪ね、当時の日記や家の記録などが残っていれば見せて頂きました」
「キャロライン…その無駄な行動力はどこから出て来るんだ?」
 ライアンが呆れたように言う。
 キャロラインはライアンを睨み付け、ふいと視線を逸らした。
「そしてそれらを総合的に考察した結果、生徒会役員五名中四名が、一人の男爵令嬢に好意を抱いていたと。当時の第二王子は生徒会役員の中でただ一人、その男爵令嬢に好意を抱いていなかったと言う結論に達しました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

姫金魚乙女の溺愛生活 〜「君を愛することはない」と言ったイケメン腹黒冷酷公爵様がなぜか私を溺愛してきます。〜

水垣するめ
恋愛
「あなたを愛することはありません」 ──私の婚約者であるノエル・ネイジュ公爵は婚約を結んだ途端そう言った。 リナリア・マリヤックは伯爵家に生まれた。 しかしリナリアが10歳の頃母が亡くなり、父のドニールが愛人のカトリーヌとその子供のローラを屋敷に迎えてからリナリアは冷遇されるようになった。 リナリアは屋敷でまるで奴隷のように働かされることとなった。 屋敷からは追い出され、屋敷の外に建っているボロボロの小屋で生活をさせられ、食事は1日に1度だけだった。 しかしリナリアはそれに耐え続け、7年が経った。 ある日マリヤック家に対して婚約の打診が来た。 それはネイジュ公爵家からのものだった。 しかしネイジュ公爵家には一番最初に婚約した女性を必ず婚約破棄する、という習慣があり一番最初の婚約者は『生贄』と呼ばれていた。 当然ローラは嫌がり、リナリアを代わりに婚約させる。 そしてリナリアは見た目だけは美しい公爵の元へと行くことになる。 名前はノエル・ネイジュ。金髪碧眼の美しい青年だった。 公爵は「あなたのことを愛することはありません」と宣言するのだが、リナリアと接しているうちに徐々に溺愛されるようになり……? ※「小説家になろう」でも掲載しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...