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「カイル殿下、妹が申し訳ありません」
生徒会室でライアンがカイルに頭を下げた。
「ライアン…いやハミルトン先生が謝る謂れはない」
「しかし」
「それにレイラはアリスに特に何もしていなかったではないか」
よく事情を聞くと、むしろアリスの方がレイラの神経を逆撫でするような事を言っていたのだ。
「殿下?」
「…ハミルトン先生は良いのか?アリスを好きなんだろう?」
「私はアリスがカイル殿下を望むなら、後押しをする。それだけです」
「フレディも同じような事を言っていたな」
「アンソニー君も、サミュエル君も同じ気持ちですよ。殿下」
殿下、か。
昔はこのライアンの事も兄上と同じようにライアン兄様と呼んで慕っていた。ライアンも、その兄ライナスと一緒に弟のようにカイルを扱い、かわいがってくれていた。しかし年月が経つと、王子と臣下の立場が固まり、ライアンもライナスもレイラもカイルを「殿下」と呼ぶ。
それでもライアンはカイルの兄サイラスと同じ歳で、二人の時は昔のように気さくに話すらしい。
今日レイラに「カイル殿下なんて大嫌い」と言われた。振り絞るような小さな声だった。カイルに聞こえても良いが、本当は聞かせるつもりはなかったのかも知れない。
この間は「カイルなんて大嫌い」と言っていたが、今日は呼び捨てではなかった。
兄上の言うように、敬称を外して呼ばれるのはあれが最後になるのか?
いや、それで何の問題もないじゃないか。
「幼なじみと婚約者様にまで一線を引かれる立場だなんて、カイル殿下かわいそう…」
そう言って涙ぐんだのはアリスだ。
「私も男爵家に引き取られてから、それまでのお友達に線を引かれたんです。『貴族様とは世界が違うんだ』って。…淋しかった」
「アリス…」
「カイル殿下も淋しかったんですよね?」
うるうると潤んだ青い瞳。俺の手に小さな手が重ねられる。
…ああ、そうだ。
湖に落ちた時、助けてくれた大人も、駆け寄って来た大人も、兄上を取り囲んだ。俺の周りには数人しかいない。
兄上は第一王子だ。俺は第二王子。当たり前だ。
そう思っていたら、レイラが真っ直ぐに俺に駆け寄って来たんだ。俺の名を呼び、泣きながら。
でもそのレイラも、今は俺に…王家に対して線を引いている。
そうだ。俺はずっと淋しかった。
丁寧に、儀礼的に接される度、必要なのは「カイル」ではなく「第二王子」だと言われているように感じた。
アリスは俺の気持ちを判ってくれる。アリスだけが…
-----
「前世の事?」
サイラスが言うと、向かいのソファに座るミシェルが
「ええ」
と頷く。
「サイラス殿下は前世の事、どのくらい覚えておられます?」
「どうした?急に」
「前にうちのイアンもこの世界へ生まれ変わって来た元ニホンジンだってお話しましたよね?」
「ああ。ミシェルに『前世の記憶があるんですか?』っていきなり聞かれた時だな」
「よく考えたらかなり不躾でしたね。私」
ミシェルはふふふと笑いながらお茶を飲む。
「いや、俺はミシェルのそういう処、気に入ってるぞ」
「あら。ありがとうございます。それで、イアンは前世では両親と姉の四人暮らしで、姉にゲームをやらされてたのを覚えてると言うんです。後、二十五歳でサラリーマン?をしてて、事故で亡くなったんだ、と。この世界では『スマホがあれば…』とよく思うらしいです」
「ああ、スマホは俺も欲しいな」
「そんなに便利なんですか?スマホって」
「スマホと言うか、ネット環境かな。便利なのは」
「ネット?」
小首を傾げるミシェル。サイラスは笑う。
「そのスマホでゲームをしてたってイアンは言うんですけど、どうも私には想像つかなくて。サイラス殿下はゲームなどしておられました?」
「ゲームはあまり…暇つぶしにパズルくらいか」
「恋愛シミュレーションゲームは?イアンはよく姉に『進めておいて』って押し付けられてたらしいですけど」
「いやあ。ないなあ」
「そうなんですか」
なるほど、サイラス殿下は「恋する生徒会2」は知らないって事ね。
「…俺は高校生の時だったな。亡くなったの」
「こうこう?」
「ここで言う学園のような、高等教育機関だ。学園とは違い三年制だが十八で卒業するのは一緒だな。その三年の時、病気で」
「十八で…」
「ずっと好きだった幼なじみの女の子に告白して、両想いになって、少し経った頃に病気が判ったんだ。悔しかったな…あの時は」
サイラスは少し遠くを見るようにして言う。
「幼なじみの女の子…」
「…まあ、俺は『幼なじみの女の子』とは縁がない運命なんだろう」
サイラスは少し目を伏せ、苦く笑う。
あ。
今のは多分レイラの事だわ。
サイラス殿下、レイラの事……
「カイル殿下、妹が申し訳ありません」
生徒会室でライアンがカイルに頭を下げた。
「ライアン…いやハミルトン先生が謝る謂れはない」
「しかし」
「それにレイラはアリスに特に何もしていなかったではないか」
よく事情を聞くと、むしろアリスの方がレイラの神経を逆撫でするような事を言っていたのだ。
「殿下?」
「…ハミルトン先生は良いのか?アリスを好きなんだろう?」
「私はアリスがカイル殿下を望むなら、後押しをする。それだけです」
「フレディも同じような事を言っていたな」
「アンソニー君も、サミュエル君も同じ気持ちですよ。殿下」
殿下、か。
昔はこのライアンの事も兄上と同じようにライアン兄様と呼んで慕っていた。ライアンも、その兄ライナスと一緒に弟のようにカイルを扱い、かわいがってくれていた。しかし年月が経つと、王子と臣下の立場が固まり、ライアンもライナスもレイラもカイルを「殿下」と呼ぶ。
それでもライアンはカイルの兄サイラスと同じ歳で、二人の時は昔のように気さくに話すらしい。
今日レイラに「カイル殿下なんて大嫌い」と言われた。振り絞るような小さな声だった。カイルに聞こえても良いが、本当は聞かせるつもりはなかったのかも知れない。
この間は「カイルなんて大嫌い」と言っていたが、今日は呼び捨てではなかった。
兄上の言うように、敬称を外して呼ばれるのはあれが最後になるのか?
いや、それで何の問題もないじゃないか。
「幼なじみと婚約者様にまで一線を引かれる立場だなんて、カイル殿下かわいそう…」
そう言って涙ぐんだのはアリスだ。
「私も男爵家に引き取られてから、それまでのお友達に線を引かれたんです。『貴族様とは世界が違うんだ』って。…淋しかった」
「アリス…」
「カイル殿下も淋しかったんですよね?」
うるうると潤んだ青い瞳。俺の手に小さな手が重ねられる。
…ああ、そうだ。
湖に落ちた時、助けてくれた大人も、駆け寄って来た大人も、兄上を取り囲んだ。俺の周りには数人しかいない。
兄上は第一王子だ。俺は第二王子。当たり前だ。
そう思っていたら、レイラが真っ直ぐに俺に駆け寄って来たんだ。俺の名を呼び、泣きながら。
でもそのレイラも、今は俺に…王家に対して線を引いている。
そうだ。俺はずっと淋しかった。
丁寧に、儀礼的に接される度、必要なのは「カイル」ではなく「第二王子」だと言われているように感じた。
アリスは俺の気持ちを判ってくれる。アリスだけが…
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「前世の事?」
サイラスが言うと、向かいのソファに座るミシェルが
「ええ」
と頷く。
「サイラス殿下は前世の事、どのくらい覚えておられます?」
「どうした?急に」
「前にうちのイアンもこの世界へ生まれ変わって来た元ニホンジンだってお話しましたよね?」
「ああ。ミシェルに『前世の記憶があるんですか?』っていきなり聞かれた時だな」
「よく考えたらかなり不躾でしたね。私」
ミシェルはふふふと笑いながらお茶を飲む。
「いや、俺はミシェルのそういう処、気に入ってるぞ」
「あら。ありがとうございます。それで、イアンは前世では両親と姉の四人暮らしで、姉にゲームをやらされてたのを覚えてると言うんです。後、二十五歳でサラリーマン?をしてて、事故で亡くなったんだ、と。この世界では『スマホがあれば…』とよく思うらしいです」
「ああ、スマホは俺も欲しいな」
「そんなに便利なんですか?スマホって」
「スマホと言うか、ネット環境かな。便利なのは」
「ネット?」
小首を傾げるミシェル。サイラスは笑う。
「そのスマホでゲームをしてたってイアンは言うんですけど、どうも私には想像つかなくて。サイラス殿下はゲームなどしておられました?」
「ゲームはあまり…暇つぶしにパズルくらいか」
「恋愛シミュレーションゲームは?イアンはよく姉に『進めておいて』って押し付けられてたらしいですけど」
「いやあ。ないなあ」
「そうなんですか」
なるほど、サイラス殿下は「恋する生徒会2」は知らないって事ね。
「…俺は高校生の時だったな。亡くなったの」
「こうこう?」
「ここで言う学園のような、高等教育機関だ。学園とは違い三年制だが十八で卒業するのは一緒だな。その三年の時、病気で」
「十八で…」
「ずっと好きだった幼なじみの女の子に告白して、両想いになって、少し経った頃に病気が判ったんだ。悔しかったな…あの時は」
サイラスは少し遠くを見るようにして言う。
「幼なじみの女の子…」
「…まあ、俺は『幼なじみの女の子』とは縁がない運命なんだろう」
サイラスは少し目を伏せ、苦く笑う。
あ。
今のは多分レイラの事だわ。
サイラス殿下、レイラの事……
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