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「レイラ…泣いているのか?」
 中庭のベンチに座るレイラを見つけ、第一王子サイラスがレイラに駆け寄って来る。
「サ…サイラス殿下。どうしてここに?」
 レイラは慌てて手で涙を拭う。
「擦るな。赤くなるぞ」
 サイラスはレイラの隣に座りながらレイラの手を押さえた。
 ポケットからハンカチを取り出すと、レイラの手に持たせる。
「…ありがとうございます」
 レイラはそのハンカチを目に押し当てた。
「今日はエスコートは要らないとミシェルに言われたが、やはり婚約者だから…少し様子を見に来たんだ」
「そうなんですね」
「レイラは?」
「え?」
「こんな所で一人で泣いているだなんて…」
「…いえ、あの…頭で理解できても、感情は別なんだなと改めて実感していただけです」
「カイルと、アリス嬢の事か?」
「……」
「そうなんだな?」
 サイラスはレイラの両方の二の腕を押さえ、レイラの顔を覗き込んだ。
「サイラス殿下?」
「…カイルとの婚約、解消してはどうだ?」
「え?」
「カイルはアリス嬢に傾注している。アリス嬢を妃に、といつか言い出すかも知れない」
 傾注…一つのことに精神などを集中する事、だっけ。そうね、その通りだわ。
「伯爵家のこちらから王子に婚約解消を申し出るなんてできません」
「そんなもの。父上や母上が事情を知ればどうにでもしてくれる。俺も口添えするし」
 真剣な表情のサイラスに、レイラは戸惑う。
「…何故そんなに言ってくださるんですか?」
 目を瞬かせるレイラに、サイラスは俯いた。
「レイラが苦しそうなのは見たくない。…好きだから」
「え?」
「俺は昔からレイラが好きなんだ。ああ、もちろんだからと言ってどうこうするつもりはない。俺にも婚約者がいるし。ただ…俺はレイラに笑っていて欲しいだけだ。レイラを泣かせる者がいるなら、目の前から取り除いてやりたい」
 サイラス殿下が、私を?
 
 ガサッと草を踏む音がして、レイラの視線の先にカイルの姿が映る。
「…何をしている?」
「カイル殿下」
「カイル」
「兄上と何をしているのかと聞いている。レイラ」
 カイルの目には明らかな怒りが浮かんでいた。ゆっくりカイルはレイラたちに近付いて来る。
 こんな時にはちゃんと名前を呼ぶんだ…
 レイラは困惑しながらカイルを見る。
「…カイルにレイラを責める資格があるか?」
 サイラスはレイラを庇うようにレイラの前に立った。
「アリス嬢に傾倒し、レイラを蔑ろにしているのはお前だろう?カイル」
「やはりレイラが兄上を誑かしているのか?」
 カイルはサイラス越しにレイラを見ている。冷たい怒りが浮かんだ青紫の瞳。
「なっ。そんな事しないわ!」
「どうだか。ハミルトンの娘はやはり王太子妃を目指して第二王子から第一王子に乗り換えようと画策しているんじゃないのか?」

 ぷつん。

 カイルの物言いに、レイラの中の何かが切れた。
 ハミルトン家が王家に近付くのを良しとしない貴族を慮って、やはりハミルトン家はと言われないように、万一にでもヒロインを苛めているような誤解を与えないように…カイルの心変わりもゲームの強制力だから仕方ないと責めないようにして来たのに!
「…カイルの馬鹿」
 呟くように言う。
「何?」
「レイラ?」
 レイラはキッとカイルを睨んだ。
「カイルの馬鹿!カイルなんか嫌い!そんなに私が嫌いでアリスが好きなら卒業パーティーなんて待たずにさっさと婚約破棄すれば良いじゃない!」
「…嫌い?」
 カイルが驚愕の表情でレイラを見ている。
「カイルなんか大嫌いよ!」
 レイラはそう言い捨てると、寮に向かって駆け出した。

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「ふっ。あはははは」
 レイラが走り去った中庭で暫く呆然とレイラの去った方向を見ていたカイルとサイラス。
 すると、サイラスが急に笑い出した。
「何がおかしい?兄上」
 カイルが憮然としてサイラスを見る。
「良かったじゃないか。最後にレイラに呼び捨てで名を呼んで貰えて。以前『レイラが昔みたいにカイルと呼んでくれない』と愚痴を言っていたよな?」
 確かに俺はレイラに敬称も敬語も要らないと言い続けていた。さっきのレイラは敬称も敬語もなかったが…
 …に?
「カイルお前は、アリス嬢を好きだと言いながらも、レイラに『嫌い』と言われるのもショックなんだな」
「は?」
「失恋した男みたいな表情かおしてるぞ、お前」
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